悪趣巡遊
「れ、蓮華など。蓮華がなんだ!」
阿修羅は吠え、その轟きに畜生どもは驚き、逃げ出してしまう。畜生どもも虚空に蓮華が現れたのを不思議がり、思わず身動きせずに眺めていたが。阿修羅の咆哮に突かれ弾かれるように、脱兎のごとく逃げ出してしまい。
だだっ広い蓮の葉の、緑の地平線の彼方へ、風のように去ってゆく。
あの向こうに何があるのか、逃げられるのかどうか、などといちいち考えなかった。源龍も貴志も、気を取り直し得物を構えなおす。
人狼は他の畜生のように逃げることはなく、殊勝にも阿修羅から離れなかった。
「役立たずの畜生どもなど。こうなればオレ自らお前らを!」
阿修羅は地を蹴り駆け出す。人狼も、「ままよ」と覚悟を決めて駆け出す。
「おお、来やがれ!」
源龍も打龍鞭を構え、駆けだそうとした。貴志も天下を懐に納めて槍を持ち、続こうとする。その時。
虚空の蓮華はくるくると回り出し、ふわりと羽毛が風に乗るように上へ上へと浮かび上がってゆく。それはまるで竹とんぼのように。
それにともない、周囲の空は風と化し。風音も聞こえるようになる。
「なんだ」
阿修羅と人狼も異変に気付き、足を止めた。源龍と貴志も同じく。
「蓮華が」
自分が描き出したという蓮華が頭上高く宙に浮き、回り、風を起こした。その風も強くなってゆく。
「く、竜巻か!」
風は強く強くなり、四者の頬を、身体を風が強く撫でながら駆け抜けてゆく。
「な、なんだこれは!」
四者の闘志などどこ吹く風とばかりに、蓮華は回り風を起こして、竜巻を生もうとさえしていた。これから一体何があるというのだろう。
と思えば、身体がにわかに軽くなる。
「……。うお?」
「身体が、浮いてる!?」
風にあおられてのことか、ふわりと、なにかにすくわれるように身が軽くなって。つま先も地、もとい葉に着かぬ有様。
それは阿修羅と人狼も同じだった。
「あ、阿修羅さま!」
「うろたえるな!」
そうは言っても、風は強く身を削るように駆け抜けてゆき、挙句にその身すら持ち上げようとするのに、いかんともしがたかった。
四者とも思わず手足をじたばたとさせるが。いたずらに風の中を溺れるばかり。
そうかと思えば、何かがにわかに視界の中に飛び込む。何だと思って見れば、それは塔だった。寺刹で見られる塔が、竜巻の中、まるで竹のように葉から生えて伸びてゆくではないか。その塔の頂点の上に、蓮華が浮かぶ。
「蝶!」
不意に、悲痛な叫び声が耳に触れた。男の声だった。貴志は、はっ、とする。
悪趣巡遊 終わり




