悪趣巡遊
その中で、大きく丸い雲が目の前にそびえ立つ。それはさながら雲の要塞のようだった。
「……」
香澄は思い切ってその雲目掛けて駆け、跳躍すれば。すぽっと、中に入り込んでしまった。
「香澄さん!」
虎碧は慌てて追い、その勢いのまま同じように雲の中に入り込んで。龍玉も、「え、ちょっと!」とこれも慌てて、雲の中に入り込んだ。
真っ白だ。
周囲は濃い霧に包まれて真っ白で、何も見えない。
「雲の中だもんねえ……」
龍玉は周囲をきょろきょろと見渡し、言葉もなさそうだ。雲に乗れたと思ったら、雲の中に入り。一面白の世界に迷い込んでしまった。
足元の感触を確かめてみれば、ふわふわしつつも、突然抜けて落ちる心配はなさそうである。
「香澄さん!」
虎碧がたたずむ香澄の背中に声をかける。彼女は立ち止まり、少し顔を上げて何かを眺めているようだった。
「……?」
ふと、何か目の前がちらちらする。何かと思い目を凝らせば、なんと、この雲の中の一面白の世界でありながら。金粉が雪のように舞い落ちているではないか。
「これは、あの鳳凰の?」
金色に輝く羽毛の破片か何かだろうか? ともあれ、雲の中で雪のように降る金粉など、何かの悪い夢だ。
「けったくそ悪いねえ」
惑わされて自ら鳳凰に飲まれた人々を思い出し、忌々しくあからさまな舌打ちをする。吸い込むのも嫌なので、おのずと呼吸も慎重になる。
「香澄さん?」
虎碧に声を掛けられ、香澄は右腕を伸ばしてどこかを指差した。
その指差す先を眺めれば、
「……!」
虎碧と龍玉、目を見開いて絶句。
あの煙の映し出す悪夢のように、この白の世界にくっきりと、何か絵が映し出されていて。それは、死骸散らばる戦場のようで、そこに源龍と貴志がたたずんでいた。
「これは……。一体私たちは何を見せられようとしているの?」
「まさかね、よくあるあれ? 男を女の目の前でなぶり殺して楽しむってやつ?」
「龍お姉さん、そんな縁起の悪い」
「逆に男の前で女を犯すってのもあるけど」
「だから……」
虎碧は苦笑し龍玉を諫める。
香澄は無言。肝心なことになればなるほど、彼女は無口になる性質のようで、龍玉と虎碧は少しばかりやきもきさせられる。
ところは変わる。
それこそ、金粉降る雲の中で香澄、龍玉と虎碧が見せられている、死骸散る戦場。そこにたたずむ源龍と貴志。どんよりとした曇り空のためか、変に薄暗い印象を覚える。
「ここはあの糞鳥の腹の中なのか?」
源龍は忌々しく吐き出すように言う。