悪趣巡遊
「天下はあらゆるものを食らう。欲望や嫉妬、憎しみ。さらに純粋な正義感までも。天下はなんでも食う」
と言いながら、香澄の方に向く。
「おいお前、お前は人と何かが違うようだな。その餓鬼どももだ」
「あなたには関係ないわ」
つれない返事をする香澄。子ども二人は、
「あっかんべー! だッ!」
香澄の後ろに隠れながら、舌を出し自分なりの抵抗を見せる。
とはいえ、鳳凰・天下である。
「……」
それを鋭い目で見据えるも、香澄ですら手を出しかねている様子だった。
鳳凰・天下は、海の人々をすべて獲りつくして。満足そうに甲高い、猛禽類のような叫びをあげると。大空向かって飛び立ってゆき、虚空の彼方へと姿を消した。
それに伴うように、酒樽が、煙に包まれて。そのまま消えてゆくではないか。そうする間に、酒を求めていた人々が我に返り、
「自分はどうしてしまったのか」
とぽかんとして、酒樽の酒を求めて狂態を見せることはなかった。
「これは……」
李志煥も言葉もなく、空を見上げるしかなかった。そんな彼に人狼は歩み寄り。素早く香澄が間に入る。
「そんなかわいい顔で睨むな。何もせぬよ」
人狼は怖じる様子も見せず、愛想よい笑顔を見せる。
「役人さん、あんたはよくやった。物の怪のオレたちでも、感心せざるをえない」
「だったら何だと言うのだ」
志煥は香澄ごしに人狼を見据える。ほとんどの者が酒樽の酒を飲んで、酒を飲んだ者は皆鳳凰に食われてしまった。後に残されたのは子どもばかり、大人は漁村の人々の方が多いという有様だった。
気絶させられたおかげで酒を飲まずに済んだ者は、目覚めて、周囲を見渡し。途方に暮れた。
とはいえ、我を取り戻したようだ。
「まあ、よいわ。では、さらば!」
言うや、人狼は駆けて船縁を飛び越えて、海に飛び込んだ。画皮も、
「ひゃはは、じゃあの!」
と、続いて海に飛び込んで。
香澄と虎碧は船縁越しに海を見たが、人狼や画皮どもの姿はもうなかった。
それから、すう、と青空が消え、夜空に代わった。人狼の力で夜を昼に替えられていたが、それが切れたようだ。
しかし、子どもの泣き声は途切れなかった。
「……なんとかならぬのか」
大人の多くがいなくなり、子どもたちが残されて。志煥の心痛いかばかりか。
リオンは頷いて船を動かし、他の船に寄せ。漁村の者の大人たちがその子どもたちと少ない大人たちを乗り移らせる。
その作業をする間に羅彩女も目を覚まして、夜空を見上げて、我を失った様子でぼうっとするのみ。