迷人悪夢
志煥は胸に限りない痛みを覚えた。己の、過ちの過去を打ち明ける。
「本当の正義は敵がなくとも成り立つ。身勝手な正義のために、弱者を悪者に見立てていじめて。正義の戦いをしていると錯覚していたのだ、私も……」
「正義の戦いをする者が美形でも心が醜く、悪者とされる者が醜くも涙を流して命運を嘆くのは、比喩表現ですね……」
貴志が煙の中の、似非の正義の戦いを解説する。
「つまり、その、これは、夢? 煙に夢が現れているのかな?」
見よ、美しい外見にもかかわらず、その快楽に溺れ歪んだ笑顔。醜い、と強く思わされる。逆に、醜い者の流す涙。その涙のきらめきのせいか、それらを醜いと思えなかった。
さらに、別の煙では、小さく縮まって震える人々。そこからさらに煙が立ち上り、先に挙げた様々な人の姿へとつながってゆく。
「恐怖、すべては恐怖から、か」
貴志は呻く。
ぶうんと唸りを上げる打龍鞭。酒樽を打ち付ける。しかし……。
「くそ、びくともしねえ!」
人が受ければ骨が粉々に砕ける威力も、なぜか酒樽には通じなかった。結局、人を払うしかなかった。
それぞれ手分けし、別の船へと飛び移って、酒樽に蹴りを入れたりするが。びくともしない。それどころか。
「邪魔するな!」
悪鬼の形相で襲われて。やられることはないものの、仕留めることもできず。やむなく元の青藍公主の船に逃げるしかなかった。
「お役人さま、その酒を飲ませてください。お願いします」
「お役人さまも、飲みたいんじゃないんですか?」
漁村の人々はそう言って酒を飲ませてくれと懇願する。土下座までする。しかし志煥は悪鬼のような顔をして。
「ならぬッ!」
あらん限りの声で叫んで、人々を追い払った。子どもたちの泣き声がする。青藍公主の船は世界樹の子どもとリオンが手分けしてなだめ、人狼の船にはいつの間にか香澄が飛び移り、子どもを自分のそばに集めてなだめている。
「お父さんとお母さんが、変になっちゃったよ」
「見てはだめ、目を隠して」
そう言って目を閉じさらに手で隠すように促した。親の変わりようほど子の心を痛めるものはなかった。
羅彩女も必死になって人を払う。
「だからダメだって!」
「そんなことを言わず、お願いしますよ」
「ダメなもんはダメ!」
桃の木剣を振るい、敢えて誰かの腰を軽く打って。追い払う。
「心を満たしたい。心を満たしたい!」
そう、叫びながらあえいでのたうち回る者までいる。
そんな人々の姿を見て、香澄の目が光った。