悪夢戦闘
ひびは広がりとどまることを知らない。貴志にもそれが見えた。
「これって」
「だからやべえんだよ!」
ふたりは駆けた。
「あッ!」
少し遠くだが、崖から松の木が生えて、横から上へと延びている。人の背丈よりも少しばかり上にあり。さらにその上は、崖の上に出られそうであった。
ふたりはそこへめがけて駆け、崖を駆けのぼって。手を伸ばせば、かろうじて源龍は右手で幹をつかんだ。
「わあ!」
あろうことか貴志はしくじって落ちそうになるではないか。咄嗟に左手で打龍鞭を差し出せば、間一髪それにつかまり。そこからぶうんと引き上げて貴志はうまく松に乗って、さらに跳躍した。
そのすぐあとに源龍も松に乗り、貴志の足の裏を打龍鞭で押し上げれば。跳躍を助けられて、貴志は軽々と崖の上に出られて、着地した。そこも、岩石ばかりの不毛の地で。空は曇り、陽の光も薄く、ほの暗かった。
だが感慨に浸る暇はない。すぐに崖下を覗けば、源龍が跳躍し、さらに打龍鞭を上へと突き上げていた。
手を伸ばせば、その先端がつかめて。そこから力いっぱい引き上げれば。源龍は打龍鞭と一緒に崖上にのぼり切った。
すると、地震か地面が揺れて。谷底で何かが崩れる轟音もとどろいた。
谷底を覗けば、崖は崩れて、無数の石が山積みとなっていた。刑天の姿はない。石の下敷きになったか。
「下敷きかな」
「だろうな」
不思議な声に言われた通り刑天を倒せなかったが。とりあえず助かったし。結果として倒したことになる、と思っていいのかどうか。ともあれ、ふたりは力なくしゃがみこんだ。
「これって夢だよね。いつか覚めるんだよね」
薄暗い空を見上げながら、貴志はつぶやいた。しかし源龍はため息ついて苦笑いするのみ。
「世界樹につかまったら、覚めない夢の中であれこれやらされっぞ」
「どういうことなんだ」
「うまく言えねえが、まあ、そのうちわかるだろうよ」
「なんだよそれ」
源龍はこたえない。
「지친(チッチン)」(疲れた)
貴志は母国語でつぶやき、そこから黙るしかなかった。
すると、疲れからか、抗しがたい睡魔におそわれた。こんな不毛の地で、眠っている間に獣や刑天のような魔物に襲われればひとたまりもない。
それでも睡魔は容赦なく、貴志の目はついに閉じられた。
ふっ、と目覚めれば。自分の部屋で、本を枕に寝入っていた。もう真夜中か、一寸先も闇の中だ。
真っ暗闇の中、貴志は手探りで、寝なおそうと寝台にゆこうとする。
「ああ、なんかおかしな夢を」
ぽそっとつぶやけば。
「夢じゃないわ」
という声がする。その声は可憐な少女の声だった。しかも聞き覚えのある声だ。
えっ、と思って声の方を向けば。真っ暗闇の中、不意に手燭の火が灯る。それを持っているのは、あの金髪碧眼の子どもだった。そしてそれに照らし出されて、少女の姿が見えた。