迷人悪夢
やがて夕陽が完全に落ち真っ暗になると、悲痛な悲鳴が聞こえた。差別や加虐を楽しんだ弱者が、うっすらながら、大きく強い者の、大きな足で踏みつぶされるのだ。一つの煙に複数の人心が混ざってもいるようだ。
「救いがねえぜ」
「あたしらもそんな下卑た奴だったんだよ」
源龍と羅彩女は思わず目を背けた。いかに現実から目をそらして、幻想や夢の中で強がっていても、弱いという現実は変わらず。結局は強者に踏みつけにされるのだ。
「腹減った」
煙の中で誰かがそう言ったかと思えば、乱暴し打ちのめして倒れて、息もない者を、あきらかに屍に変わり果てた者を、無残にも食らう様までもが映し出された。
屍に噛みつき、肉を食いちぎり、むしゃむしゃと美味そうに味を噛みしめる。その口から血が唾液とともにしたたる。
その、生ける者が死せる者を食らう絵図は、比喩などしようもない地獄絵図そのものだった。
志煥もいたたまれなさそうだった。必死の形相で、
「ならぬ、この酒樽の酒を飲んではならぬ!」
と叫んでいた。その目からは涙が溢れていた。人の心の奥底にある、様々なものを見せられて心が痛んで涙を流させていた。
「おお、快楽に溺れて、なんと歪んだ笑顔か」
志煥が呻くように言う。その視線の先の煙では、
「我こそ正義! 世のため人のために、正義のために、我、悪と戦わん!」
そう、剣や刀など得物を手にしながら、戦う人々。それらは見た目は美形と言ってもよいが、表情と言えば、志煥が言うように、快楽に溺れた、歪んだ笑顔だった。
得物で醜い者を滅多斬りにしているが。あまりにも一方的で、しかもとても楽しそうで、正義のために戦っているなどにわかに信じがたい。
「我こそ正義!」
そう叫ぶ口からは、涎まで垂らしていた。
他の面々もそれを見て、眉をしかめる。
「オレが一番嫌いな奴らだぜ」
源龍は舌打ちし、そう吐き捨てるように言う。
「正義ったって、結局は建前でほんとは自分のためだけにやってるのさ」
羅彩女も同意し、吐き捨てるように言う。龍玉も同意見で頷く。
「あたしを一番責め立てていじめたのが、あんな、正義の味方ぶった奴らさ。親に捨てられ孤児になって、行く当てもない弱いあたしを、悪い事をすると決めつけて、いじめて。それで、いいことをしていると錯覚して」
龍玉は孤児だった過去もついでのように打ち明ける。
「正義に勝る快感はない。私もその正義の快感に溺れ、あんな顔をして、弱い者いじめをしていた」