迷人悪夢
船室から出てきたと思えば、香澄と虎碧で鎧を、龍玉が打龍鞭を担いでやって来たではないか。
「貴志、源龍の支度が終わるまで食い止めていて!」
「わかった!」
貴志は人狼と対峙し、源龍も素早く香澄たちのもとまで駆けて、急ぎ鎧をまとう。
「ふん、支度が終わるまでは待ってやるつもりだったわい!」
人狼は心外だと怒る。そこまで卑怯な真似はせぬと。
周囲は騒然とする。
日も暮れあたりが暗くなってきた頃合いの事。落ち着いたと思ったが当てが外れて、恐慌をきたす者も見受けられた。
「ひひひ……」
笑い声がする。にやにやへらへらと、下卑た笑い声が。
まだいるのかと警戒すれば、笑い声の主は自ら姿を現し。先ほどの人狼同様、身軽にも船を飛び越えてやってくる。
それは人のようだったが、自ら皮を脱いで中身をさらけ出せば。太く長いミミズが集まって人の形をなしたような物の怪の姿。
画皮だった。
「あんたらまで来たの!」
「まったく鬱陶しい奴らだね!」
羅彩女と龍玉は鋭い視線で画皮の中身を睨み付ける。そのあまりな姿に多くの子どもたちが泣いて、大人ですら怖気を感じて身震いし、吐き気をもよおすほどだった。
「暗くて戦いづらいだろう」
人狼が言えば、夜の帳が下りて暗いのが一転、突然陽光降り注ぐ晴天が空に広がった。
周囲の人々は物の怪の出現に加えて、この時空の変転に大いに動揺し。志煥ですら、息を呑んで何も言えず身を固くするしかなかった。
「なんでそんなことができるんだ?」
貴志は問う。これは人狼の力なのか、いやそれとも、自分たちは結局夢の中に閉じ込められているのか。あの時、世界樹や香澄たちとの遭遇、そこから夢や幻の中を漂うことを余儀なくされたのか。
そうでなければ、今の状況は説明できない。
「うるさい、いちいち教えてやるのも面倒だ」
人狼は答える気はない。言いながら、画皮に目をやる。
「お前ら……」
「へへへ、見ての通り画皮でやんす。あ、わかってましたか?」
「ふん、とうにわかっておったわ。オレをたぶらかしたつもりだろうが、逆にオレがお前らをたぶらかし返したのよ」
「へへへ、そりゃあ一本取られたなあ」
画皮の、代表格と言うか頭というか、それらしき奴は苦笑しながらぺんと軽く自分の頭を叩いた。
「しかし臭いますねえ」
「ああ、臭う」
人狼と画皮どもは鼻をすんすんさせて、わざとらしく顔を歪ませる。
「人間どもは、相変わらず臭い」
「臭いものが詰まってますもんねえ」
「何を言ってやがる!」