夢想引導
少女は笑うでもない、澄んだ黒い瞳で貴志をじっと見つめる。長い黒髪はそよ風になびき、紫の衣をまとい、腰には剣を佩いている。江湖の少女剣客のようだ。
(ああ、僕が書いた『鋼鉄姑娘』のような娘だ)
貴志は自分のかっこ悪さも気にも留めず、自分を見つめる少女を、これまたじっと見つめ返す。
(そうだ、僕は僕の書いた小説の夢を見ているんだ。最近見直しばっかりしていたから)
この濃い霧の中で、なぜか少女の姿ははっきり見えた。
それはいいが、いつになれば覚めるのか。と思えば、少女はおもむろに腰に佩く剣を抜いた。
「へッ?」
剣の剣身には紫の珠が七つ、北斗七星の配列で埋め込まれていた。そんなところまで一緒とは、なんという再現度の高い夢だろう。
「いざ」
「いざって」
「いざ」
「いやいや、いざって」
少女は名も名乗らないばかりか、得物の七星剣で斬りかかってきて。貴志は尻もちをついた姿勢のまま、手に力を入れて、手の力で後ろに飛びすさり。
空中で宙返りして、上手く足から着地する。
「ああ、もう」
着地すると同時に七星剣の切っ先が眼前まで迫ってくる。鋭い刺突だ。それをすんでのところで、顔面をずらしてやり過ごし。
頬に剣の切り裂く冷たい風が当たる。
その刹那、右足は少女の脇腹を目掛けて猛烈な勢いで蹴り上げられた。が、相手の反撃を素早く察し、少女は真上に跳躍し。さらに右足は少女の足を目掛けて蹴り上げられる。
左足を軸に、右足は高々と掲げられ。足の裏が真上を向くほどだった。
少女の跳躍の方が早く、貴志の蹴りは少しばかり届かなかった。少女は空中で宙返りをしざまに、後ろにも飛んで貴志と距離をとり。
ふわりと、花びらがゆっくりと地に降りるように着地し七星剣を構えなおす。
「さすがね、本気で刺突を繰り出したけど」
「本気だったのかい!」
少女は貴志を殺すつもりだ。何の因果があって、この夢の中のようなところで少女に殺されなければならないのか。
「能ある鷹は爪を隠す、と言うけれど。ここでは隠さなくてもいいのよ」
「勘弁してよ。僕は、武術なんか大嫌いなんだ!」
「作家にするには惜しいわ」
「僕が文学を志向しているのを知っているのか。どうして。君は誰なんだい?」
だが少女は答えず、柔らかに微笑み、ふたたび地を蹴り貴志めがけて駆け出す。
七星剣が迫り、貴志は素早い動きを見せて。迫る刺突や斬撃をことごとくかわしてゆく。
ごめんよ! と心で謝り、剣をかわしざまに掌打を少女の顔面めがけて繰り出す。