血腥魂哭
(ほんと、お上がこういう人たちばっかりなら、あたしら庶民は苦労せずに済んだろうに)
そう思わずにはいられなかった。
瞬志はそれに応えたいが、起き上がれない。瘴気が身体中を駆け巡っているかのような不快感に襲われ、また縛られているようだった。青白い怨念の炎の鬼に取り憑かれた光燕世子に指一本触れられただけで、この有様とは。
「貴志、頼む。この者たちの無念を晴らしてくれ」
瞬志の目からとめどもなく涙が溢れて、流れ落ちる。仇を討てず、弟に託すしかない己の不甲斐なさが情けなく無念で仕方がなかった。
風が吹いた。いや、風ならそよ風程度でも吹いていたが。頬をかすめる風の感触を、今の小康状態であらためて感じたと言うべきか。
その風に乗るように、鬼どもは漂いながら流されて。青白い炎に包まれた光燕世子の周囲に集まってくる。
家来や召使の鬼は、流されないように必死で踏ん張っている。呆けた顔で涙を流しながら。
「これは」
天君は自分の周辺に鬼が集まり、軟鞭を構え。
「来るな、近寄るな!」
と追い払おうとする。信徒や手勢らも、あまりの不気味さに得物を振るって鬼を追い払おうとする。
鬼は打龍鞭を構える源龍の脇を通り過ぎて、世子らの周辺に溢れてくる。
「おい女、なんかやべえぞ、離れろ!」
何を思ったのか、世子をかばいながら鬼を追い払う天君を見かねて、源龍が呼び掛ける。しかし。
「黙れ、私に命令するな! 私は耶羅の王族の末裔。故国復興のための戦いはやめぬ!」
などと口走る。口答えをするのは予想通りだったが、あらぬ内容に意表を突かれたのは否めなかった。特に瞬志と貴志は。
「耶羅だって!?」
と驚きを隠せなかった。
耶羅とは古代の朝星半島の端にあった古代の国の名である。いにしえの昔、半島も複数の国が割拠し覇を競い合っていた。この時代に半島を制したのは白羅であったが、耶羅は同盟国である白羅と敵対関係にあった百余なる国に攻め滅ぼされたとされる。
「天頭山教の教主が耶羅の王族の末裔だなんて。にわかに信じられないよ!」
貴志はたまりかねて叫んだ。突発的な騙りかと思ったし、他の面々も思ったが。それにしてもあまりにも突飛な話である。
滅ぼされた耶羅の王侯貴族は同盟国であった白羅に落ち延び、故国復興の悲願を抱いて、機会を待った。しかし百余も勢力を維持し。また他の国も健在で、にらみ合いが百年ほど続いた。
亡ぼされた当時の耶羅の王侯貴族は故国復興の悲願叶わぬまま天に召されて。子孫も白羅に安住するうち悲願を忘れ。それにともない、いつしか耶羅は忘れられた国となった、はずだった。