血腥魂哭
「冗談ではない。やむを得ん、ここはひとまず退くぞ」
光燕世子はこの想定外の混乱にたまりかねて逃げ出そうとする。天君もついてゆく。
天君も天君で、その表情は複雑そうだ。将来は約束されたわけではないが、それでも、光燕世子にべったりくっついて離れようとしなかった。それは女として惚れ込んでしまったためなのか。
しかし、その前に青白い炎の劉賢の鬼が立ちはだかる。
「やめてお兄さま!」
劉開華は咄嗟に地を蹴って駆けて、兄の鬼むけて刺突を食らわせようとする。
しかしそれより早く、劉賢の鬼は、ひと塊の炎となって光燕世子に突っ込んで。無論それを避けようとし、あるいは天君は軟鞭を振るって払おうとしたが。
そのいずれも功をなさず。軟鞭もかわされ。避けようとする世子の足の速さもかなわず追いつかれて。また劉開華の木剣も届く前に。
青白い炎は世子のその身を包み込んだ。劉開華は足を止めず、光燕世子も突かんと木剣の切っ先を向け、刺突を繰り出した。
しかしそこに軟鞭が飛来し、それをかわせば。前に天君が立ちはだかり。瞬時も止まらず軟鞭は迫ってくる。
「あんなに冷たくされたのに、どうして!?」
あくまでも光燕世子を守ろうとする天君の心情が、劉開華にはわからなかった。それでも、鬼となった兄をどうにかして払わなければ世子は危ないのだが。天君にはそれがわからない。
「おひいさま、お戻りあれ!」
公孫真に言われ、やむなく、歯噛みしながら円陣に戻った。
周囲は唖然としてそれを見守る。天君も劉開華が離れたのを確認し、光燕世子に目を向けそばまで駆け寄り、思わず息を呑んだ。その姿は青白い炎に包まれていた。
「うおお!――」
たまらず光燕世子は悲鳴を上げた。
焼き殺される! そう思ったが……。
「おお、こ、これは!」
肌が焼けることもなく、それどころか力が漲る。自分のどこにそんな力があったのかというほどに、内から力がみなぎってくるのを感じて。むしろ悦に入ること甚だしかった。
「我が依り代となれ。さすれば力を授けん」
劉賢は光燕世子の身を包んで語り掛ける。そばの天君や、信徒に世子の手勢は、青白い炎に包まれたその姿に息を呑まされたが。炎ごしに見えるその表情は恍惚としているのを見て、なぜか胸がすくような快感も感じていた。
「勝てる、勝てるわ!」
天君がそう叫んで、それを機に、一斉に「勝てるぞ!」という叫びが各所であがった。
あまりの急展開で、ここにいる誰しも事の次第を把握できていなかった。しかし、光燕世子が強い怨念の鬼の依り代となって力を得た、ということはどうにか飲み込めた。