夢想引導
同室の留学生にからかわれても、貴志は気に留める様子もない。すらりと背が高く、柔和そうな印象を抱かせる好青年風の若者であったが。
どこか締まりがなさそうな感じでもある。
「そうだな。僕は僕の人生を生きたいよ」
「はあ、おぼっちゃまの夢物語がまたはじまった」
「小説家になりたいんだって? 出世街道を行かずに」
「そうだよ。僕には僕の夢がある」
留学生は貴志の持つ本に目をやる。題名は漢字で、鋼鉄姑娘と書かれている。
「まあ、文学を志すのもいいけど、武侠小説だけはやめとけって」
「その小説、率直に言うとあんまり面白くない……」
貴志の手にある本は、貴志が書いた小説を本として装丁したもので。内容は鋼鉄姑娘の異名を持つ少女剣客が江湖を渡り歩き、悪い男どもをきったんばったんと倒してゆく話なのだが。
仲間たちに読ませてみての評判は、芳しくなかった。
しかも武侠小説は悪い意味で子供向けであると、世間の認知度も低い。
だが貴志は武侠小説作家になるという夢を抱いていた。子供向けというなら大人の鑑賞にも耐えうる知的なものも取り入れようと、そのためには勉学も頑張れた。
「つべこべうるさいな。だからこうして悪いところをどう直したらいいのか、読み返しているんだよ」
貴志はため息交じりに言うが。仲間たちはまた別の心配もする。
「宰相の息子さんが、下野して作家になりたがるとは」
「それも言わないでくれよ」
貴志はまたため息をつく。貴志こと李貴志は暁星を治める王を補佐する宰相の五男坊で、将来は帰国して国の要職に就くことが期待された。しかし、本人にその気はなく。
大京にとどまり、作家として生きてゆくことを希望していた。
大京は辰の都だけあり、本を出版する大きな書店もたくさんあり。そこに出入りして、作家の夢を模索していた。
が、作品を読んでもらっての結果は、仲間たちの評判と同じで、芳しくない。
作品を書き上げ、書店に出向いて読んでもらっては。「まだまだ」と言われて、ため息交じりに原稿を引き取りにゆく、ということの繰り返しだった。
その一方で、大京で知り合った小説の仲間もでき、時々その集まりに顔を出し、文学談議に花を咲かせる。
大京にあって、この時が一番充実した時だった。