血腥魂哭
さらに駆けて、距離を開けた。召使いの女、天君も光燕世子のそばで身構える。
同じように、劉開華のそばで完全武装した源龍が打龍鞭を握りしめて構える。
「なんてやつだ」
まさか有無を言わせずに突っ込むなんて。と、貴志は唖然としてしまう。
「召使いが天君とは、どういうことだ」
伝道と成花の狼狽は増す。麗は失神してしまって話はできない。他の面々も、天君も光燕世子も初めて見るので、何とも言えない。
「そういえば、天君は男と思い込んで性別を聞きませんでしたが……。実は女だったのですな。なるほど麗さんもすっかり信用してしまうのも無理はない。それに、まさか李家で召使いをしているなど想像もつかず、顔を知っていても、似ているくらいにしか思わなかったのでしょう。そして、手引きした」
公孫真がそう推理する。ただ辰の言葉でなので、それを貴志が暁星の言葉で翻訳する。
「ふふ、さすがの私も辰の言葉には疎いけれど。貴志さまのおかげでそこのお方が名推理をしたのはわかりました」
召使いとしての愛嬌のある笑顔で微笑んだ後、顔つきが変わって引き締まる。雰囲気も一変し、顔見知りでもすぐにはわからなさそうであった。
その様子から翻訳してもらうまでもなく、自分の言ったことを肯定するものなのはわかったが。
人はここまで変れるのかと、驚きも禁じ得なかった。
「でも私も驚いていますわ。天湖で死ぬはずだった麗がまさか生きて帰ってくるなんて。一体どのような魔術を使ったのやら」
天湖にまで上った信徒たちからの報告はまだのようだ。天頭山山頂から漢星まで急いでも五日くらいはかかる。皮肉にも天君の言う通り人並み外れた魔術めいたことで漢星まで帰ってきたのだから。
天君はしかし、驚きはしてもうろたえてはいなかった。それならそれでと、落ち着いて受け入れていれる胆力があった。
「天湖で死ぬはずだった、だと?」
麗を狙っていた光燕世子は、聞き捨てならぬ様子だ。しかし天君は悪びれない。
「ふふ。少しばかりいたずらをしただけ。こうして再会できたのですから、よいではありませぬか」
「……むう。まあ、よいか」
(なんだこれは)
貴志は違和感を覚える。あの横暴な光燕世子が天君には頭が上がらぬ様子だ。
(まさか、ふたりはできているのか?)
人生経験豊かな公孫真と朱家夫妻は嫌な予感がする。天君も端正な顔立ちで、世子が狙ってもおかしくはないが。この様子を見れば、天君は求めに応じたとて不思議ではない。