血腥魂哭
「母上!」
跪く婦人のそばに駆け寄るのは、貴志であった。光燕世子の顔を見止めて、はっとしたが、跪かずかがんで母をかばうようにその肩に手を置く。この婦人こそ、宰相・李太定の妻で貴志と瞬志ら五兄弟の母である、文星連だった。
一旦眠りについた貴志だったが、世界樹の前で皆集まる夢を見て。何か禍々しい声が劉開華の名を呼んだところで、驚いて目が覚めて。しばらくぼーっとしていたが。
その劉開華の部屋が何やら騒がしく。半乾きながら筆をふところにおさめて、やってきてみれば……。
「源龍は?」
「源龍殿は武具一式を身に着けている最中です」
「わかりました、ありがとうございます」
公孫真の返答に礼を述べ、貴志は母をかばいながら光燕世子を見据える。
「あなたは、巡察に出ていたと聞きましたが……」
劉開華は堂々と世子を見下ろし、公主然と振る舞う。隙を見せてはいけないと、内なる本能が警戒していた。
(この世子、私と同じように武芸を身に着けているのね)
それだけではない、世子のすぐ後ろの召使いも、何やらただならぬものを感じるのだが……。
(突然で申し訳ないけれど……)
劉開華は召使いに目をやり。床を音もたてずに進み出たかと思うと、なんと召使いに掌を向け掌打を打ち込もうとするではないか。
しかし、召使いは相手の掌を見切り。咄嗟に後ろに跳躍し。チマもひらりと舞わせながら着地し。はっとして、次にふっと不敵な笑みを浮かべ。開き直って、たたずむ。
「やはりあなたも只者ではありませんでしたね」
召使いの動作に星連はたいそう驚き、失神してしまった。やむなく侍女に母を預けて、部屋に戻してもらう。
(よくこれで五人の子を生んだなあ)
そんな疑問はともかくとして。今は光燕世子と、召使いである。
周囲の緊張感は一気に高まった。
「もしや、あなたは天頭山教の信者ではありませんか?」
劉開華に問われて、召使いの女はふっと不敵な笑みを浮かべ。それから、麗の方を向いた。
「……あッ! 天君!」
麗は召使いと顔を合わせ、仰天し、これも驚きのあまり失神して両親、朱家夫妻に支えられながら倒れる始末。
「天君がどうした!」
突然、黒旋風ともいうべき勢いで人をかき分け、さらに得物をぶうんと光燕世子めがけて横凪に振るう者があった。
「だめ、源龍さん!」
劉開華は慌てて止めるが、間に合わず。打龍鞭は勢いよく光燕世子の脇腹めがけてほとばしった。しかし、多少慌ててしまったものの、上手く身切って咄嗟に床を蹴ってすんでのところで避けた。