憤怒的鬼
夢の中、世界樹のそばで、全員集合。子どもとリオンは大人たちを激励する。
周囲は他に誰もいない。雲ひとつない青い空、緑栄える草原において、ただ世界樹のみが立ちそびえる。これが物見遊山であれば、どれほどよかったか。
劉開華と羅彩女は桃の木剣を帯に差している。公孫真は無手。
「貴志よ」
と語り掛ける声。優しい女性の声だった。
「だ、誰ですか!?」
「世界樹です。私の声が聞こえますか?」
「……聞こえます!」
貴志は身を固め、思わず背筋を伸ばした。
世界樹の声は、貴志だけでなく他の面々にも聞こえた。
「待て、オレの時は男の声だったぜ」
源龍もかつて世界樹の声を聞いたことがあるが。その時は男の声だった。しかし今は女の声だ。と思ったら。
「それは、わしのことか」
と、男の声がした。
「我ら一本の木にしてつがいの世界樹」
男と女の声が、同時に発せられる。新しい発見に、子ども以外ぽかんとしてしまう。そんなふうにできていたのかと。
しかしなぜそのようになったのか、気になるところだったが。
「まあ、細かいことはいいじゃないか。話を聞こうよ」
と、子どもとリオンが言う。これらがそう言い出したら、疑問など意味をなさず成り行きに任せざるを得なかった。
「……あッ!」
貴志は声を上げ、周囲を少し驚かせて注目される。
「源龍、君はなぜか僕の書いた小説に出てたよ」
「はあ~? 知らねえぞそんなこと」
そういえば、いつぞや本を読み返したとき。内容が変わっていて、打龍鞭を得物とする源龍が出ていたのを思い出したのだ。
香澄は意味ありげに微笑んでいる。
「そうだ、主人公の少女剣客、穆蘭の得物も七星剣だ。阿澄と被ってるんだ」
「自分の小説のことを忘れてたの?」
「う、うん、まあ。なぜか」
劉開華のすかさずの突っ込みに、貴志は苦笑するしかない。しかし貴志の小説に源龍と香澄とかなんとか、相変わらず不可思議な話になるものだ。
「ねえねえ、与太話より世界樹の話聞かなきゃ」
話が横道にそれてゆくのを羅彩女が軌道修正させる。世界樹はその間、黙ったままだったが。女の声で。
「翼虎と出会うのです」
と言う。
「翼虎!」
香澄と子どもら以外の面々が一斉に声を上げた。いよいよ出会いの時来たるのか。公孫真は包拳礼して問う。
「どのように出会えるのですか?」
「強い思い」
「それは?」
「強い思い」
(頓智か?)
いよいよ勿体ぶるもので。それ以降、世界樹は黙して語らず。
「まあ、そういうことだよ。貴志さん、得物はあるよね?」
「え、ああ、あるけど」
と懐から筆、天下を取り出し。じっと見つめる。