憤怒的鬼
ともあれ、
「そうではありません」
と言うと、雄王はひとまずの安堵をしたようである。
虎の刺繍がほどこされた王衣を身にまとい、威厳も感じさせる王だが。王位にあるという重圧に世子の事が重なり、つぐむ口元から心労の深さもうかがえた。
女王の安陽女王は生来身体が弱く、王子をひとり生んでから子をなしてはいない。この子こそが、光燕世子であった。他の王子と王女は側室の子である。
無理をせず、日々養生しながら深窓の女王として宮中で侍女を伽に、静かに過ごしている。
ところで、光燕世子であるが。この王子、放浪癖があり、巡察と称し暁星国内を家来を引き連れ風を道案内に気ままな旅をしていた。
だから王宮にはいない。もっともそのおかげで、王宮は今は平和であった。が、巡察先では……。
ともあれ、何の用かとたずねれば。太定はこれこれしかじかと話をし。
「辰の、公主!?」
王は思わず声を大に叫びそうなのを咄嗟にこらえて、小さいながら驚きの声を漏らす。
「諸葛湘殿立会いのもと、青藍公主であることを確認しました」
「それが、そなたの子や他の怪しい者たちを引き連れ暁星に、そなたの屋敷に」
「はい。……して、辰よりの使者は?」
「ない」
「まだですな」
「もし来ておるなら、ここでこうしてはおらぬ」
「辰もどのような様子なのか。わからぬのがもどかしくありますな」
「諸葛湘には助けられるな」
今頃は選ばれた者が密使として辰に向かっているはずである。
「ふむ、こうしてはおれぬ。今からそなたの屋敷に行こう」
「今日はゆっくりお休みいただき、明日王宮に向かう手筈でしたが」
「ことは一刻を争う。ともすれば国難にもなりかねぬ。お休みのところを申し訳ないが、ひと目お会いしていただき、予の自らの耳でお話を聞きたいのだ」
「……そこまで言われるならば」
こうして、雄王は改めて身支度をし、李家邸に向かった。
その李家邸において、公主の劉開華をはじめとする面々は、部屋に入ったあと食事を振る舞われて。満腹感と安堵感から、それぞれが寝台に横たわって、昼寝を決め込んでいた。
「ん?」
目覚めた貴志が最初に目にしたのは、大樹。世界樹であった。
「へ?」
「何を間抜けな声出してやがる」
そばには、なぜか源龍がいた。黒い鎧をまとい、打龍鞭を持ち肩に乗せている。
「これは」
「夢の中よ」
香澄だった。紫の衣に、腰に帯びる七星剣。
「まあ、皆さんお揃いで!」
「ううむ。夢の中の世界樹のそばで……」
「そろそろなんか起きるってことかい。ああ、やだやだ、面倒くさいねえ」
「まあ、まあ。皆じゃなきゃ出来ないことがあるんだよ」
「そう、そう。大変だけど、頑張って」