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09.足

 俺は落ち着くと、レベッカ少尉に相談しながら自分のできることを整理した。彼女は言う。


「徒手空拳。『徒手』も『空拳』も手に何も持たず、素手であるさまを言うわ。あわせて強調しているというわけ。これはスキルそのものを体現しているとも言える。つまり、素手ならグーじゃなくて指でもいいのよ」


 さっき、俺は襲い掛かってきた丸太より太い大木を切断し、粉砕した。そして、俺は襲いかかる脅威を察して一瞬のうちにぶつかる丸太を避けきった。そして彼女は2、3度位ならあの丸太にぶつかられても耐えられると言った。ということはつまり。俺は彼女に頼み事をした。


「ひとつ頼みたいんだが、お願いできるか?」

「もちろん。で、なあに」




 俺はさっきのサンドバッグや大木があったところと公衆電話の間に立った。少し待っていると…来た!先程の感覚、と言うより危機がぐるりと八方に8つ、正面にも来ている。丸太だ。今度の俺は近づいてくる丸太を確実に意識できている。バレットタイムとさっき教わった能力が発動するのを待てた。ほんの一瞬だが。


 そしてバレットタイムが発動する。周囲の景色の彩度が落ち、体が重くなる。重くなった体は、肉体強化という能力によりバレットタイム発動前と同様に動けるようになるそうだ(ただ、力はそれなりに入れている必要があるらしい)。普段通り動けて、全力以上の力を出せば、指先だけで8方向から襲いかかる8つの丸太を粉砕できる。これが理屈だ。


 俺は全力以上の力を出して指先でまず正面の丸太を1度突いた。するとゆっくりと砕け散り始めた。2度目を突くか突かないかのところで丸太は粒の集合になった。感覚は掴めた。俺は同じ調子で隣の丸太、またさらに隣の丸太を粒の集合にしていった。


 最後の8つ目の丸太を目の前にした時、俺は何か違和感を感じた。その正体がわからないまま指先で全力以上の力で突く。押し返される!


 この丸太は明らかに他のものと違う。そう判断した俺は前かがみ気味になり右手を引っ込め、全力以上の力で左手で拳を作り、丸太に向かって振り上げた。全力以上の拳が通じてくれればいいが。


 俺の左腕から放たれた一撃はその丸太に食い込み、丸太はバラバラになりかけた――ところでバレットタイムが終了した。


 すると、粉微塵になった木くずが飛び散り、遅れて、バラバラになった破片が俺の頭上から降ってきた。痛いが、耐えられないほどではなかった。俺は左こぶしを振り上げてそれらを浴びていた。




「ごめんなさい!かっこよくなるかなって思って最後のだけ固くしました!!」


 電話口から正直に謝罪するレベッカ少尉。彼女にこんな激しい謝罪されたのは初めてじゃないだろうか。


「かっこいいって、アンタなあ…」


 俺は呆れてみせる。じっさい呆れているのは確かだが、彼女がまるで子供のようないたずらをしてくるのは彼女のいままでの態度からも、まあ明らかといえば明らかだった。今度はもっともらしい理由ではなく、かっこよくなるからと言ってきたので、まあつまり彼女の地の性格はこういうものなんだろう。


 俺は優しく問いかける。


「あんまり驚かすようなことをしないでくれるか?驚かされ続けてはこちらの心臓も持たないじゃないか」


 彼女はつけあがる。


「二度としないとは約束は出来ないわね。面白くてかっこいいと思ったら私は何を持ってしてもオペレーター権限も使うし、他のオペレーターも黙らせるし、なんなら勝手に権限を昇格したりもしちゃうから」


 何か恐ろしいことを言っている。俺は真剣に心配になってレベッカ少尉に聞いた。


「そんなことをやってレベッカ少尉の立場が危うくなったら良くないんじゃないか?」


 彼女はきっとニヤニヤしてるんだろうなあ、落ち着いた調子には戻って答える。


「冗談よ」




「はじまりの街までは車で数時間ほど行った先の距離にあるわ。足を用意してあげましょう、どれがいい?兵員輸送型、対戦車ミサイル搭載型、電子戦型、機銃搭載型、現地改修装甲増設型」


 そう彼女がやつぎばやに告げると同時に道路の数メートル上空からごつい軍用車両らしき車が何両も降ってきて積み木のように積み重なり、サスペンションがきしむ音がしてタイヤが沈み込む。そういえばこの型は車雑誌で見たような気がするな。


「でも何時間もごつごつしてお尻が痛い軍用車はいやよね?ならこれの民生品モデル第二弾にしましょ」


 レベッカ少尉がこともなげに言うと、デザインがより洗練された、光沢のある青みがかったグレー塗装の四輪駆動車が降ってきた。こいつには見覚えがないな。で、その車は軍用車両数台をぺちゃんこに踏み潰してしまった。まあ、強度や見た目の装甲より設定が優先されるんだろう。今起こったことを踏まえれば、あの車は恐ろしく運転しづらいはずだが、そんなことはない、みたいなことが起こると俺は予想した。そんなことを考えていると彼女は言う。


「面白いことやかっこいいことはなるたけ口に出して言ってね」


 俺は返しつつ疑問をぶつける。


「わかった、ところでレベッカ少尉、アンタ達はオレの心をどの程度読めるんだ?」


 レベッカ少尉はかしこまって解説する。


「あなたの脳内全てをゲーム時間スケールでスキャンし、プレイヤーキャラクターとしてのあなたの感情、ストレス、脳内物質の分布、血流速度などをモニタリングしているわ。その時の具体的な思考や深層心理はストレージに保存して解析部門に依頼を投げればわかるけど、あなたが言ってくれる方が早いというわけよ。ねえ言って?どう?」


 俺は素直に感想を言うことにした。


「素晴らしい四駆だと思う。軍用車をぺちゃんこに潰すし、塗装もセンスがいい。これで運転の感触が良ければ最高なんだがなあ!」


「でしょう!」


 レベッカ少尉は笑顔になっているのだろうか。だとすれば見てみたいな、と思った。

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