08.スキル
俺は受話器を置くと、『はじまりの街』と青看板が示す方向に歩き始めた。道は緩やかにカーブを描いており、しっかりと固めたアスファルトでできている。いい仕事だな。俺はそうのんきに思っていた。
仮想現実空間は俺は口で説明されてもわからなかったが、こういうリアルな風景をコンピューターが作り出す、ということらしいのはやっと俺にも実感が湧いてきた。太陽が登ってきて周囲が暖かくなってきた。気温や太陽光を感じるのもコンピュータがやっているのだろうか。だとすれば、なるほど、高度なシステムなんだろう。
そんなことを考えながら数キロ歩いていると着信音のようなものが聞こえてきた。道路の数百メートル先の道路脇には小さめでワイドな日除けが見える。その下には見たことのない型だが、公衆電話と見て取れるそれらしきものがあった。それらは全体的に薄汚れていて、錆びたり朽ちかけていたりしていた。俺は慌てず急がず歩いて電話に向かった。
日除けの前まで来ると、その公衆電話らしきものは3台並んでいた。3台ねえ…。鳴っているのは一番右の公衆電話なので出る。
「レベッカ少尉か?俺だ」
「わぁ、かっこいい。そうよ。私よ」
あの大人びた外見からは想像もできないようなかわいい声でレベッカ少尉が電話に出てきた。彼女は真面目そうな声に変わって続ける。
「あなたの能力の一部を教えておこうと思って、準備をしておいたわ」
「それはありがたい。で、どんな能力なんだ」
俺は慎重に尋ねる。彼女はそのままの調子で答える。
「あなた殴り合いの喧嘩が得意でしょう。だからまず、肉体強化のパッシブスキルと徒手空拳のアクティブスキルを紹介するわ」
ここでまた適当にわかったふりをすると彼女は怒るだろうから聞いておくのが得策だ。
「殴り合いの能力を強化してくれたのか。どう使えばいい?」
彼女は得意気に答える。
「まず、普通に殴る蹴るしてみればいいわ。ただし、いつもの力よりかなり強めにすること、そうすれば発動して大抵のものは破壊できるわ。適当に正面に殴りやすい物をおいておくから練習してみてね」
すると目の前に大きめのサンドバック、幹の太い針葉樹、そして石のような、違うような素材でできた灯籠が急に陽炎がゆらめくようにして出現した。俺は彼女にこう聞いた。
「これ本当に殴って壊せるのか…?」
「もっとかっこいい言い回しをしてよ。一応調整はしてあるけど、ポケットのコインで私直通の電話がかけられるようになってるから、フィーリングが合わないようだったら言ってね」
彼女は俺に何を期待しているんだろうか、わからなくなってきた。俺は彼女に感謝することにした。
「ありがとう。これからやってみる」
まずはサンドバッグの前に立ってみる。別にボクシングジムに行ったことがあるわけでも、習ったことがあるわけでもないのでいつもどおり、まずは軽く殴ってみる。揺れもしない。次にいつも人を殴ってる調子で殴る。ちょっと揺れたか?これで最後だ、と思い切り握りしめ、全力で殴る、物凄い勢いで揺れる。
まだ足りないか、もっとだ、と思い、最後の力を振り絞って殴る。すると、自分の腕とは思えない早さで腕が伸び、聞いたこともないような風切り音がした。かと思うとサンドバッグはすごい音を立て放射状に裂け、中の砂が勢い良く四散した。
これはすごい。力加減にコツがあるようだが、とにかく思い切り、力の限り火事場の馬鹿力のごとく殴ればいいというわけだ。わかりやすい。次に俺は針葉樹の前に立ち、同じように殴ってみることにした。
サンドバッグと違って拳を痛めるかと思ったがそんなこともなく、俺の拳は木を真っ二つに切り裂いた。二撃目を放つと片側の木が粉々になった。これはすごい(2回目)。
最後の灯籠の前に立った。この段階で俺は完全に調子に乗っていたんだろうな。俺はサンドバッグや木と同じように拳を全力より強く放った。
すると灯籠に明かりが灯ったかと思うと、拳が当たる少し手前で青白い光の壁が現れて弾かれ、その力は俺の体全体に返ってきた。すると真後ろに突き飛ばされた形になり、俺は道路を空中で横切り、道路の反対側の土に落ちた。幸い怪我はなかったがものすごく痛い。
何度か試してみたが結果は同じだった。やっているうちに受け身が取れるようになってきたくらいだ。詰まったと判断した俺は適当に左の公衆電話によろよろと歩いていき、公衆電話の前でポケットからコインを出し、そして受話器を取ってコインを投入した。
受話器から呼び出し音が聞こえてきたあとにレベッカ少尉が出た。彼女は落ち着いた様子でいきなり言った。
「すべてのものを破壊できると言った覚えはないわよ?」
それはそうだよなあ、そんな便利なゲームはないよなあ。と思っているとレベッカ少尉は続ける。
「ただ、その灯籠はあなたのスキルで十分壊せるのよ。ただ、壊すためには修業をするか、攻撃力をあげるグローブなんかをはめるか、あなたの能力を強化する別の能力を使ってもらうか、そうしないと足りないようにその灯籠のレベルとステータスを操作してあるわ」
「壊せるのか…」
俺は疲れていて、気の利いたセリフが出なかったが、今の彼女は別に気にしていない様子だった。
「クラフティングスキルなどの特殊な効果によって製作された物品は、その結果として例えば目で見て明らかに違う質感になる場合があるわ。」
なるほど、たしかにあの灯籠は石のような、違うような感じがした。俺は素直に疑問をぶつける。
「あれを攻略するにはどうすればいい?」
彼女は落ち着いた口調を維持している。
「先程の手段のどれかを講じるか、無視することね」
「無視?あれを殴らなくてもいいのか?」
「そうよ。あなたゲームの壊せるものを全部壊さないと気がすまないタイプじゃないわよね」
俺の疑問はどうやら愚問だったらしい。彼女の口調が段々と柔らかくなってくる。
「まあ、あなたのいたところはゲーム発展期のうちなので、そこを気づかせる意味でもその灯籠を置きました。意地悪してごめんね」
俺は応じる。
「いや、助かった。これを壊せ、とはアンタも言ってなかったしな」
練習してみろ、と言ってたよな。なるほど、なるほど。ゲームとは言え、杓子定規に物事は捉えてはいけないってわけだ。俺はレベッカ少尉に尋ねる。
「この能力についてはわかった。力のフィーリングもこれでいい。他にはどんなものがある?」
「さしあたって、そうねえ。一旦電話を切って、隣の電話に出てみてくれる?びっくりするようなことが起きるけど、今のあなたならなんとかなるから」
微妙に危険を感じることを言っているが、言われたとおりにしよう。電話を切ると、コインが返却口から戻ってくる。通話したのにコインが返ってくることに違和感を感じながらポケットにしまい込み、隣の電話の前で鳴るのを待つ。
電話が鳴る。俺は何気なく受話器を取る。すると、俺の左右から物凄く強くて鋭い視線のような、刃物を向けられたような感覚が俺を襲ったかと思うと、心臓が急に高鳴り、周囲の風景の彩度が落ちる。体が急に重くなった。左右からの感覚のもとをなんとか確認すると、巨大な円柱状のものがゆっくりと近づいてきている。ここで、俺は避けないといけないという判断に至った。
前か後ろ下か、後は腰を痛めると思ったし前も公衆電話がある。ならば下にしゃがむしか、と重たい体を一生懸命進める。しゃがみきった!すると周囲の風景の彩度が急に戻ると同時に頭上で何かがものすごい音を立てて衝突した。そして、どすん、という音がして何かが落ちた。
周囲を確認しようとするとグシャグシャになって見るからに使用不能な見た目になった受話器がカールコードに引っ張られ揺れていたのに気づく。そして俺の左右には、丸太が二本、転がっていた。
これは流石に理解できなかった。俺は動転しつつも、息も絶え絶えに受話器な無事な電話のどちらを使うか迷い、最初の右の公衆電話の受話器を取りそこねながらも取り、コインを投入口に入れた。
「デジャブがテーマの大作SF映画、見たことないの?ああ、あなたのいたところではまだ構想段階くらいなのかな、まだ上映どころか影も形もないのね」
レベッカ少尉はこともなげに、落ち着いた調子で言う。俺はやっと声を出す。
「死ぬかと思ったぞ…」
「物理演算上はそうだけど、この場合は肉体強化スキルによるダメージ軽減効果が優先されるわ。それで2、3回位は受けてもまだ生きていられる計算になるわね」
レベッカ少尉が最初に言っていたスキル、というやつのもう一つのことを言っているらしい。うん?今死ぬって言って肯定しなかったか?
レベッカ少尉は笑わないようにしている気がする。レベッカ少尉は真面目な口調を維持しているが、どこか変な調子で続ける。
「あなたがいま発動したスキルはパッシブスキル、それとパッシブ・アクティブスキルで、危機察知とバレットタイムになるわ。そして危機察知とバレットタイムはチェインといって、連鎖的に発動する。ところで――」
レベッカ少尉がなにか意味深に引っ張る。さらに、彼女は得意げでいたずらっ子のような口調になってこう俺に尋ねた。
「その息切れは本物かしら?」