07.大地に立つ
「以降、私レベッカ少尉が高田勝さんのオペレーターを担当します。それじゃあ機器の初期化を始めるわね…あたたまるまでちょっと待っててね。」
レベッカ少尉の声が壁の中に響き渡る。どことなく楽しそうだ。彼女は状況を引き続き伝えてくれる。
「はい、初期化終了。次にマサル、あなたのデータを作るわね」
さり気なくいきなり名前を呼んでくる辺り、やはり思わせぶりじゃないか。でも先の俺の部屋でのやり取りを思うに、俺は彼女の態度はそういうたぐいのものじゃないと思い始めている。彼女の操作は続いているようだ。
「問題なし。今のうちに聞いておくけど、自分の見かけや手持ちの能力を変えたり増やしたりしたくはない?」
難解なRPGだとキャラクタークリエイトという要素があるのはやったことがあるので知っている。それとは若干違う質問だな。俺は聞く。
「今のところないが、たとえば何ができるようにできるんだ?」
「手をかざすだけで天を裂き大地を割ったり、そこいらを歩くだけで道行く人をとりこにしたりできるわね」
彼女はこともなげに言う。参考になるが、おそらく裏もあるだろう。俺は重ねて尋ねる。
「それは、フルに使ったらミッション達成したことになるのか?」
「達成は簡単にできるけど、よほどうまく使わないと思考エネルギーの純度が恐ろしく低くなるんじゃないかしら。やりなおしになるかも」
彼女はあっけらかんと答えてくる。罠ではないかな。彼女は当面は味方だと見ておくか。キャラクタークリエイトなら、ここは長くなりそうだが。彼女に聞いてみる。
「そういうものをコントロールできる自信がない。俺向きの能力を天変地異レベルからかなり手加減して手頃なものを入れておいてくれないか。それとこれはあとから変えられないのか?」
レベッカ少尉の嬉しそうな声が聞こえてくる。
「ふふふ、いいわよ。リザルトに響かない程度に便利な能力を入れておいてあげる。それと、あとから調整したいならいくらでも付き合うわよ」
この辺はおまかせするとしようか。彼女は作業を伝えてくれる。
「わかった。すまないがよろしく頼む」
「オーケイ…はい、じゃあ次いくわよ。ブレインスキャンと神経系統のディープスキャンを行うわ。ハイおしまい」
「センサー系とフィードバック系の最終オートチェック完了」
「じゃあシステムに繋いじゃうわよー。はい繋がった。もう仮想現実空間の中だよー」
情緒もない早さで仮想現実空間とやらに入ってしまったようだ。だが相変わらず壁の中である。レベッカ少尉は一通りやって落ち着いたのか、静かな調子で告げる。
「本当はこんなアナウンスもなく、尋問されて足元がガバッと開いて何メートルか何百メートルか落とされる人もいるんだけど、あなたは大事なアルバイトだし痛くない距離からゲームのフィールドに落とすわね。いい?」
レベッカ少尉はゴールディ少尉とは明らかに違う意図で内情を俺に暴露している、そう思った。だが、その声からは何を思っているかは計りかねた。俺は腹を決めた。
「ああ、まあまあ痛くないように頼む」
「じゃあ、いってらっしゃい」
密閉されていると思われたチャンバーの下部が予告通り割れ、俺は為す術もなく1メートル未満ほど落ち、草むらに尻餅をついた。痛くはなかった。上を見ると穴がぽっかりあいていた。そして、宙に開いた穴は閉じた。
草むらの周囲には小さな湧き水があり、そこから養分を得ているであろう植物が茂っていた。さらに周囲は荒野となっていた。上には空が広がっており、筋状の雲が広がっている。今は明け方のようだ。そして、数十メートル向こうに道路らしきものと電線、そして真新しい電話ボックスが見えた。
人工物あるところに人間あり、そう思う俺は電話ボックスの方に歩いていった。歩きながら何気なくポケットをまさぐると入れた覚えのない、その上見たこともないデザインのコインが何枚か出てきた。ふーむ。とりあえずポケットに戻す。
さて、電話ボックスの前に来た。すると、電話ボックス内の公衆電話からと思われる着信音が聞こえてきた。まあ、俺宛だろうから電話ボックスに無造作に入り、受話器を取る。
「高田です」
「もうちょっと気の利いたセリフは吐けないの?」
レベッカ少尉だ。どうも格好いい導入を期待していたようだ。ムスッとした口調が伝わってくる。俺の中で彼女に対するミステリアスな第一印象がここで完全に崩れ落ちた。俺は謝罪して彼女に聞く。
「悪い。で、どうすればいいんだ。特に指示がなければ道路を伝って人の痕跡を探そうと思うんだが」
彼女はそれほどは気にしていないらしいのか普段通りの、いや、ちょっといたずらっ子のような口調に戻って答えた。
「それでいいと思うわ。なんならどっち行けばいいか教えちゃうわよ」
ここで、なぜか俺は急に外を確認したくなった。外を眺めると、さっき通ったときには気づかなかった、いやなかった看板がある。『はじまりの街』と日本語で書かれた青看板がドン、とあった。俺は念のためレベッカ少尉に確認する。
「なあ、ものすごい違和感を感じるんだが。これもしかしてアンタの仕業か?」
「あら、さすがに不自然だったかしら。これを気づかない人も多いのだけれど」
レベッカ少尉は電話の向こうで不敵な笑いでも浮かべてそうだ。彼女は続ける。
「そうよ。道路標識をオペレーター権限で生やして、任意スキル発動コマンドをあなたに発行して標識に注目させたわ。あ、ちなみに能力とかスキルとか技とか魔法とかそういったカテゴリの決まった名前は管理上しか決まってないから好きに呼んでね」
「なるほど、わかった」
俺はわかったふりをした。彼女にはそれがよく見えてしまうらしく、意地悪な声でこう返してきた。
「あなたの脳神経反応や疑似バイタルをモニターしている私に嘘はつけないわよ。次からは正直に言いなさいね」
「申し訳ない」
俺は謝った。