38.いざ、初ダンジョンへ(B2F)
お久しぶりです。何とか書きあがりました。
楽しんでいただければ!
階段を降りると、フロアの先には一本道が走っていた。
「罠だ」
ヘンミは何もせずにいきなり言う。
「一本道と連動している先の仕掛けを動かさないと先に進めなくなるたぐいのものだ。一番早く走れる者は?」
三人の視線が一度に突き刺さる。要するに俺ってことだ。
荷物を床にまとめておいて、ヘンミに解除方法を聞く。
「最初はあの通路を何もせずに普通に歩くんだ。何か仕掛けが動いたらスキルでもなんでも使っていいから全速力でたどり着いて奥の仕掛けを動かしてくれ」
「わかった」
俺は準備運動を軽くして、通路を歩いていった。
「ちなみに――ちょうど真ん中に最初の仕掛けはあるわよ」
「真ん中だな、気をつけよう」
オペレーターのレベッカ少尉がレシーバーを通してささやくように助言する。
一人分の幅の通路は長く、例によって明かりがあるが心細い。天井はかなり高くて見上げても見えない。そんな中レシーバーで助言してくれるオペレーターと後方で待っている仲間がその心細さを軽くしてくれる。
こんな場面でみんなの力の支えってやつを感じているわけさ。なんだかな。
そろそろ真ん中あたりに差し掛かったところで結構大きなカチッという音がした。
すると、石を引きずるような音が響き渡り、壁が迫ってきた。
「走れ!!」
俺はバレットタイムを発動し、壁がスローモーションになる中、全速力で向こう側に走っていった。
壁は結構早く迫っているようでこの状態でも肉薄してきているのがわかる。早くたどり着かないと潰されてしまう。
前傾姿勢をとり、床になるべく足裏全体で斜め下後方に体重をかけ、床石を踏み抜いてでも進む。
壁が迫る速度はバレットタイム中でさえもわかるほどのスピードで迫ってくる。
一歩ずつ着実に進む。前方にはボタンとそれを高い位置に置くための台が見える。
台にはみるみるうちに近づいているが、効果持続時間が心配だ。
結果から言えばそれは杞憂だった。ボタンに手をかけた瞬間、バレットタイムが解除された。
「お見事!」
オペレーターのゴールディ少尉は俺を褒めた。達成感を感じる。
「ちょっとぉ、それ私に言わせなさいよ。よくやったわ!すごい!!」
レベッカ少尉が張り合っている。
振り返ると壁はかなり狭くなっていた。ギリギリ、俺がみっちり詰まって通れるくらいまで。
壁はしばらく停止したのち、ゆっくりと広がり……大部屋を形作った。
レシーバーからレベッカ少尉の声が静かに聞こえてくる。
「ダンジョンの各階にはガーダー、つまりはボスがいるわけだけど……」
彼女は急に声を大きくした。
「さて問題です。今度のボスはなんでしょう?ヒントは夏休み!!」
どこからともなく、ブゥウウウンという音が近づいてくる。
「アサガオの観察日記かな?」
「その回答には座布団はあげられないわねぇ〜」
音はどんどん俺のほうに近づき、音の主が輪郭から影からゆっくりと形作ってくる。
「一匹そっちに行った!!まともにやりあうな!」
「こっちの処理が終わるのを待っててね!!!」
向こうにもいるらしい。さあ、あの怒声に従うとしよう。相手は何だろう?
銀色メタリックの巨大なクワガタだった。
「正解は昆虫採集で~~~~~~~~~~す!!」
一本取られた。
気が付くと、俺はクワガタのハサミの間にいた。空中をものすごい勢いで飛んでいる。
ハサミの間でできることといえば膝を入れてみるか、両手で固めて振り下ろしてみるか、ハサミの拘束を解くかだ。が、固い金属音がそれらの効果のなさを証明している。
「えー、そのモンスターの正式名称はジャイアントメタリック・スタッグビートルと申しまして、接触している相手の強化スキルを極度に軽減するパッシブスキルを持ってます。つまり、あなたの肉体強化がかなり軽減されているわ。ダメージはほとんど与えられてない」
レベッカ少尉の説明がレシーバー越しに始まった。
「で、対策は?」
「有効打になるものはないわ。現時点であなたと最も相性の悪いモンスターね。帰ったらヘンミ達にでも殴る蹴る以外の攻撃方法を習うことね。たとえば魔法とか刃物とか銃とか」
メタリックな巨大クワガタは俺の抵抗に多少イラついたのか、もとよりダメージを与えるつもりだったのか、俺を空中で壁にむけて放った。なすすべもなく、俺は思いっきり壁に叩きつけられる。
ものすごく痛い。しかも高さがある……床にも叩きつけられるかもしれない。つけられた。もっと痛い。
だが、離れられたおかげで肉体強化スキルが復活した。激痛が走って耐えられるか自信がないが動くことはできた。俺は大部屋を全速力で駆け巡った。
「ありえない撃破法をあげてみるけど、例えば襲ってくる方向があなたにわかっているなら――」
羽音が近づき切った時点でしゃがんだ。間一髪、ハサミの間をすり抜けられた。
「その方向に向けてバレットタイムと肉体強化を組み合わせて猛スピードでジャンプ、頭突きでそのモンスターに位置エネルギーでダメージを与えることだけど――」
今度は足を狙ってくるとみて、音が近づいたタイミングでジャンプした。
すると地面スレスレを巨大クワガタはかすめていき、背中の広げた羽を俺にぶつけてダメージを与えてきた。
「石で閉鎖されたダンジョンであなたに反響する羽音からモンスターの位置や方向を特定することは高度なスキル抜きには難しいと思うし、あなたの頭蓋骨よりあいつはかなり固いわ。多分ぶつけたら脳漿をぶちまけてあなたは即死することになるから。私はそういうの見たくないな……」
「安心しろ、やらないからな」
「でしょ」
次はどう来るか読めない。上か。下か。前か。後ろか。斜め上方から俺をくわえ込まれた。この姿勢では角に触るのが精いっぱいだ。
「じゃあどうすりゃいい!!何か手段はないのか?!」
「何とか逃げ通して。そうすればヘンミ達が倒してくれると思うから」
……じっさい、そうなった。何度目かの壁に叩きつけられ、またぶつけられる寸前のところでイリシアの粘着魔法が俺を壁にひっつけた。さらにその前に蜘蛛の巣状の糸を広がらせた。
「粘るその搦め手はあなたを捕食者の地獄のように引き寄せることを約束する。広がれ!スティッキー・ストリングネット!!」
糸は俺の前の広範囲に床から、壁から、おそらく天井まで広がった。こうなると俺をどうにかするならこの糸をどうにかするしかない。巨大クワガタは自慢のハサミで千切るつもりのようだった。
その見通しは甘く、巨大クワガタは糸に絡められ、離れられなくなった。そこに現れたセフィアが瓶を巨大クワガタに投げつけた。瓶は割れ、中身が固い巨大クワガタの外殻からジュウウウウという音と例えがたい臭いを発生させた。
最後にヘンミが暗闇から走って現れクワガタに飛び乗る。手に持った忍者刀を手早く巨大クワガタの頭部と胴体の隙間に差し入れ、ねじ込んだ。玉虫色の体液が周囲に飛び散り、巨大クワガタはしばらくもがいた後こと切れた。
それを確認したイリシアが指を鳴らし、音を響かせる。俺と巨大クワガタの死体をそれぞれ絡めていた糸がフッと消え粘着質の物体に絡められていた俺達は床に落とされる。
「大丈夫か」
ヘンミに声をかけられる。ちなみに、向こうではカブトムシが出たらしい。壁に何度かぶつけられたというと、イリシアが回復魔法をかけてくれた。
「神の御心がこの者の傷をいたみいられるのならばその奇跡において癒したまえ。マイナー・キュア・ウーンズ」
「ありがとう」
「いえ……お気になさらずにね」
ところで俺はセフィアが使った瓶の中身が気になった。
「あああれ?王水とパッシブスキル弱める粉の混合物よ。アレが出るのはわかってたから気休めに持ってきてたの」
王水というのは濃塩酸と濃硝酸を混ぜてできる液体だ。雑に言えば金属を溶かす専門の強力なヤツだ。ということは、あのクワガタの外殻は金属製なのかな?
化学物質とゲーム的なアイテムを、いやどちらもゲームのアイテムなのだが、こういう組み合わせで使えるのが俺の興味をそそった。誰に聞くにでもなく俺は声を出す。
「こういう使い方はこのゲームとしては一般的なのか?」
「少なくとも攻略Wikiに基本的な組み合わせが網羅されている程度にはな」
というヘンミ。Wikiってな何だ?
「このレシピはあたしのオリジナルよ。といってもちょっと考えれば誰でもできる程度だけど」
謙遜するセフィア。
「もっと刺激的な組み合わせもあるのよぉ?今度試してみましょう?」
違うことを言っている気がするイリシア。
オペレーター組も口々に意見を言い出す。
「ケッ……ゴホン。ま、こういう要素もこのゲームの楽しみのうちよ。いろいろ試してみてね」
嫉妬を隠しきれないレベッカ少尉。
「このVR世界はマナやマジックエナジーから陽子を分離して戻してで減衰なしにエネルギーを取り出せて永久機関を作ってそれで水脈を枯らせるポンプ作れるんですよ!すごくないですか?」
ゴールディ少尉のウンチクはためになるな。
「へー面白そう。無料期間チケットもらったから私もやってみようかな」
張少尉は何のためにそこにいるんだ?
「さあ、集められるものは集めて、休憩したら次に行くぞ。ここまで来たら折り返し地点だ。気張っていこう」
忍者刀についた虫の体液を拭きながらメンバーに声をかけるヘンミ。間近の実戦で見て彼の強さを本当の意味で俺は理解しつつあった。
また、見て理解できなかったが、イリシアもセフィアもゲーム中においては俺よりかなり熟練していて強い。さっきの流れるような連携はそういうことの証左でもあると俺は思った。
次は地下3階、さて、鬼が出るか蛇が出るか……。