02.館内案内
気がつくと、俺はさっきの壁に囲まれた部屋より広い円形のホールのような場所にいた。
まるで裁判所のような配置で机や椅子が並べられている。壁面には巨大な窓のようなものがあるが光沢はない。
その窓のようなものにはさっきのガラス板とは違う角度、距離から見た地球らしき風景が見える。艦長は中央の机に座っていた。彼は立ち上がりこう高らかに告げた。
「提案を受け入れてくれて感謝するよ、高田くん」
「まだ請け負っていないが」
俺はそう答えながら周りを目で追う。席についている男女が数人、さらに外側に囲うように立っている筋肉質の男性が同じくらいいる。
立っている男性はなにか長い物を持っている。それはショルダーストラップらしきものがかかっている。あれが単なる鈍器なら殴りかかっても多少は勝算はあるのだろうか。銃的な何かなら――
「君と私の間には見えないシールドが張ってあるよ。それに触れたら君はチリとなって死ぬ。ちなみに後ろにあるその箱が君の入っていたところだ」
見透かすように艦長が言う。
ぎょっとした。そして振り返ると、たしかに箱がある。
その箱はちょうど俺がぴったり入るような高さの直方体に近い形をしており、上にはごちゃごちゃと何をするのかわからない機械類が乗っていた。正面低めの位置には小窓があり、淡い光を放っている。さっき感じた棺桶というイメージがぴったりだ。
こんなところに入っていたのか。それに、魔法のような方法を使って俺をここから出し入れした…そういうことなのか。
振り返った俺の表情がどんなものかはあえてここでは言うまい。艦長はそれをいたく気に入ったご様子だ。
「コンピュータ、シールド解除。レベッカ少尉、ゴールディ少尉。高田くんに艦内を軽く案内して差し上げなさい、その後作戦室で仕事の説明を」
「はい艦長」
艦長の右側に座っていた男女二人が返答しながら席を立った。
「高田さん、ウルカヌスという名前に聞き覚えはありますか。ローマ神話の神で、後のギリシャ神話でヘパイストスと同一視されています」
そう言ったのは、黒人男性の青年のゴールディ少尉だ。黒い髪を角刈りにしていて、俺に対して丁寧な態度を取っている。腹が微妙に出ており、なんとなくだがこの人物はエンジニアのような気がする。彼の解説を聞く。
「ウルカヌスが艦名に採用された意味は火の神のごとく強いこと、そして鍛冶の神のごとく創造することからです。これらはこの艦のミッションにも引き継がれています。さあ、ここがメインデッキの中央通路です。」
案内役の二人に連れられて俺はかなり広い通路に出た。2階程の高さがあり、テラス型の通路も走っている。そこを何十人もの様々な人が忙しそうに歩き回り、あるものは通路の端に消え、あるものは扉の中に入っていき、あるものはどこに行くのか迷っているのか右往左往していた。
「ここにはあなたも幾度となく来ることになるわ」
付け加えるのはレベッカ少尉だ。白人というには肌の透け方が人間離れし、髪の色も南海の海のブルーのような色をしており、高い位置にポニーテールにしている。いわゆるボンッキュッボンな体型をしていて、俺の目はつい彼女のそのスタイルに行ってしまうが、その目線も知った上で特に咎めない。謎めいている。
俺達は中央通路の脇道(それでも大きい)に入り、とあるドアの前まで来た。俺には反応しない。それに気がついたゴールディ少尉が先に入って開けてくれた。
「失礼、気が付かなくて申し訳ない」
「いや、構わない」
謝罪するゴールディ少尉に応じる俺。艦長より先にゴールディ少尉を先に出していればよかったのではないか?というくらい丁寧だ。ドアの中には巨大な空間が広がっており、大型車程度のものから小さな小箱まで様々な大きさのものがビニールシートのようなものに覆われて保管されていた。
「この艦で作られた製品の保管庫よ。あなたの製品もここに保管されることになるわ」
レベッカが入りながら教えてくれる。俺の製品?
「製品を作るのか?」
「そうよ。工業製品をひらめきから形にするの」
彼女の謎めいた微笑は魅力的だが、言っていることがやはり不穏だ。
「その話は詳しくは作戦室で話しましょう。次の場所はきっとあなたが気に入る場所だと思いますよ」
ゴールディ少尉はにっこり笑った。
次に連れてこられた場所はなんと、小洒落たバーだった。
「驚いたでしょう。我々も長期にわたるミッションなので、戦闘艦とは言えこういった設備を備えているんです。」
ゴールディ少尉はこの巨大なUFOが戦いをする戦艦だということを最初から微塵も隠していない。レベッカ少尉もそのことに関しては何も言わずに頷いているだけだ。レベッカ少尉は俺にそっと耳打ちしてきた。
「みんなに内緒で1杯だけなら私達がおごるわよ?景気づけにどう?」
断るべきだったんだろう。だが酒と聞いては飲まないわけにはいかなかった。しかもおごりならな。
「ではビールをいただこうかな!」
俺達がついたバーカウンターで待っていたバーテンダーは承ると手慣れた手つきで背後のビールマシンからビールをなみなみとジョッキに注ぎ、俺の前に置いた。
こうなれば、飲むしかない。ビールに口をつけ泡を楽しみ、一気に飲んだ。素晴らしい喉越しだ。
「いい飲みっぷりね」
彼女の謎めいた微笑みが嬉しそうに変化した気がした。ゴールディ少尉が若干複雑な表情になっている。彼は言った。
「では、そろそろ作戦室で説明をいたしましょう」