12.街の施設
食事を終えると、俺はナイフをテーブルから引っぺがしてみた。しかし、この形でさやもなく、どうやって持ち歩けばいいのだろう。捨てようか迷っているといつの間にか店の店員がカウンターについており、俺に声を掛けてきた。
「お客さん、持て余してるならその刃物、200ルビーで買い取りますよ」
俺はこのゲームを始めてからひねくれた罠に掛かり始めて、内心ビビっていた。俺は答える。
「それはちょっと考える。ところで、公衆電話はここにあるか?」
「ないですね。街にある電話は街の入口にあるものだけです」
店員は普通の調子で答える。まあここで罠に掛ける必要はないわな。
ということで今度は死なずに公衆電話の前に来た。受話器を取り、いつものとおりにコインを入れる。呼び出し音が鳴る。そして、誰かが出たところで俺は言った。
「1ルビーはどれくらいの価値がある?俺はこのナイフを売ってもいいのか?」
「1ルビーで水一杯、10ルビーで食事1回分、100ルビーで投げナイフが数本セットで買えるくらいかしらね、今の街の経済状態だと。そのアイテムはまあその部族の存在をあなたに教えるためだけのものだから、別に換金しても問題ないわよ。持っていたければ、ズボンのポケットに突っ込めばある程度の重量までは問題なく保管できるわ」
レベッカ少尉の解説口調は出会ってすぐの謎めいた感じを思い出させる。そして彼女は続ける。
「ところであなた、いちいちこちらに連絡をつけるのに電話を探すのに不便し始めてない?」
言われてみれば、店から相談するのに街の入口まで戻ってきている。俺は素直に言う。
「アンタ達が使っている連絡手段ほど便利じゃなくていいが、もうちょっとマシにならないかなあと思い始めてきたところだ。できるのか」
レベッカ少尉はこういう時は得意気になる。まだ短い付き合いだが、俺にはわかってきた。
「ええ。店に売っている小さい機械をよく見てね。それは妙に安いし、ちゃちだけどとても役に立つわ」
俺は期待して彼女にもっと聞く。
「どんなものなんだ?」
「具体的には、そうねえ。未来の無線機とでも呼んでおきましょうか。レシーバーを探しているといえば店員はわかるわ。効果の程はお楽しみということで」
彼女はそう答えた。
俺は再び街の施設の店に来ると、ナイフを店員に200ルビーで買い取ってもらった。100ルビー硬貨とでもいうのか、100という数字と意匠があしらわれたコインを2つ受け取る。俺はとりあえずポケットにしまった。そして店員に尋ねる。
「レシーバーを探しているんだが、何かあるか」
「ありますよ」
店員はそう言うと、カウンターの下から幅50センチほどの多段引き出し付きケースを取り出し、カウンターに置いた。店員は言う。
「手に取ってくださっても結構ですよ。なんなら耳に入れてみていただいても構いません。耳にあった物を選んでいただくほうがいいと思います」
俺は頷くと引き出しを開けてみた。様々なタイプのものがある。どれも耳周りで完結するタイプのようで、一番大きいものでもイヤーマフの片方のような形をしているくらいで、どれもほとんど数センチに収まる大きさだ。
耳の中にスッポリと収まるタイプのものがある。スピーカーの反対側にはスイッチがあるようだ。俺はこれに何故かピンときた。右耳に入れてみる。サイズもちょうどいい。取り出すと俺は店員に値段を聞いた。
「これはいくらだ?」
「ここのレシーバーは5ルビー均一です」
涼しい顔で店員は言う。水5杯分でハイテク機器が買えるのか。なんだそりゃ。ま、そんなもんなら買って試してみてもいいだろう。俺はポケットからさっきの100ルビーを出そうとした。すると、なぜか1という数字があしらわれたコインが5枚出てきた。なんだこれは。まあ不便ではないので店員に渡す。店員は軽くおじぎをする。
「ありがとうございます。簡単に使い方をお教えしますね。耳のどちらでもいいので機器を入れてください。そうしたら外側の方がスイッチになっておりますのでそれをカチッと言うまで押してみてください」
言われたとおりに機器のスピーカー側を右耳に入れ、さらに押し込んでみる。するとカチッと言う音がした。その後プシュッという大きい音がしたかと思うと、しばらくして急に視界が明るくなったり暗くなったりした。
それが収まると、緑色の線が縦横から次々現れて視界をふさぎ格子状になり、『SYSTEM READY...』という文字が浮かび上がった。それが収まると思うと目の前はさっきの光景に戻った…気がしたが、さっきは見えなかったものが俺の目の前に出ている。
店員の頭上の『腕利き店員ジョニィ』という文字だった。それを見ていると、『Second Lieutenant Rebecca calling...』という四角いシンボルマークで囲われた文字がでて、右耳から電子音の着信音のような音が聞こえてくる。出るにはどうすればいいのだろう。店員に聞いてみる。
「早速呼び出されているみたいなのだが、どうすればいいんだ?」
「さっきのスイッチを軽く押して離してください、それで取れます」
店員は親切だった。言われたとおりにしてみる。
「レベッカ少尉さんの美貌がまた見れるよー」
わかっていたことだが、レベッカ少尉だった。薄い板状のものが眼前に浮かび上がり、彼女のバストアップがカラーで映されている。そして、彼女はたしかに美人ではある。俺は軽口を叩いてみた。
「自分で言ってるようじゃその美貌が泣くぞ」
彼女は板の向こうでくねくねしながら嬉しそう言う。
「マサルってばかっこいい!レベッカポイントをひとつあげちゃう」
すると視界の左上あたりにレベッカポイントという項目の板が現れ、カウントが0から1になる。そしてその板はうっすらと消えた。よくわからんがいいか。レベッカ少尉は続ける。
「ウィンドウは手で動かすことも目で操作することも、念じて動かすこともできるわ。やりやすいように配置してね」
俺は調子に乗って言った。
「アンタを常に見てなくていいのか?」
彼女の声は冷たくなったが頬に手をつき、仕方ないなあといった表情で
「私を見てたら死んじゃった、なんてかっこわるいことをしたらレベッカポイントを減らします」
と告げた。なるほど、声だけより彼女のニュアンスがよりよく分かる。俺は彼女と相談して軽く念じるとカーソルが出るようにして、なるたけ情報過多にならないように色々調整してもらった。自分でもできるみたいだが要望を伝えてやってもらうほうがやりやすかった。
その間中、店員のジョニィはカウンター越しに俺をずっと見ていた。