9話
知らず知らずのうちに、閑散としたところまで付いて来ちゃった。
ロンダードさんはもう一人とパーティーの入り口付近で別れ、ライトアップされた庭先に出て行ってしまう。
私もつられて庭まで付いていき、木陰からロンダードさんを確認しようとした。
そっと覗いて様子を伺うと……あれ? どこ行ったの? いないんだけど……
「あなたはどなたかな? 私の後を尾けたりして、いったい何がしたいんだ?」
「えっとですねぇ、女性と待ち合わせをしようと思ったのですが……たまたま指定した場所が近かったようですねぇ、ハハハ……」
「なるほど、私はここまで遠回りしたんですが、あなたは私と同じ道を通ってきましたよねぇ……どう言うつもりだっ!」
私を木に押し付け、左手首をとられ、ギリギリと首を締め付けられる。
く、苦し……息できないよ……
正体がバレたら、売り飛ばされることは確実だ。アルベリアの使者が私を気に入ってたから、知らないうちに囲われて愛人とかにされることだってある。もしくは交渉の材料に使われて不利な条約を結ぶことだって考えられるよ?
どうにかして逃げなければ。ああ、護身術習っとけばよかったわ……
死にものぐるいで脳内検索して、ハッと思い出した。スレイ君が最初に教えてくれたじゃない、鳩尾突いて急所を蹴れば大丈夫! よしっ! 一か八か、死ぬよりいい。
せーのっ!
「ぐぉ……ってぁっ……」
やった! 走れ、私っ!
締め付けが少し緩んだのを見計らって、一目散に走った。とにかく明るいところに駆け込まなければ。
ヤダ、ヤダ、追いつかれたら今度こそ死ぬっ。絶対に捕まったらいけないんだから。
あ、良かった、スレイ君が外にいる。
「スレイ君! 助けて!」
「お嬢! どこ消え……って」
スレイ君に向かって走り続け、その胸に飛び込んだ。よかった、助かったんだ私。
死ぬかもしれない恐怖から抜け出したことによる安心感と、慣れない格好と場所での緊張が一気に解放され、ニヘラっと笑いながら意識を失ってしまった。
******
気がつくと、ジェイクの部屋のベッドの上だった。左手を掴まれているのをふとみたら、ジェイクが両手で私の手を包み込んだまましっかり寝落ちしている。
指先に力を込めると、目覚めたようで、その左手をギュッと握りしめてくれた。
「ニコル……よかった。本当に、お前が無事でよかった」
安堵のため息と共に、泣きそうな顔で手に頬ずりしながら小さく呟く。
「スレイからお前を見失った、と聞かされた時には肝が冷えたよ」
「ごめんなさい。すぐに戻るつもりでいたの。気づいたら人気の無い暗い場所で……失敗したと思った時には遅かった」
「俺自身で探せないことが、これ程不甲斐ないものだとは思わなかった。あまり欲張るな」
ホントにごめんね。今回ばかりは、私も大いに反省している。もう二度とあんな真似しないことにするわ。私だけじゃなく、みんなに迷惑がかかるって、よくわかったから。
とりあえず、ロンダードさんとルートルードさんの話しをして、報告は終わり。明日こそお家に戻ることを告げた。
ジェイクも頷いて、私のおデコにひとつキスを落とすと「もう寝なさい」と言って、横にならせてくれた。
眠るまで頭を優しく撫でてくれたようで、悪い夢やうなされることもなく、穏やかな朝を迎えることができた。
私の件で、これ以上ジェイクやスレイ君に迷惑をかけることのないよう、朝食を軽くいただいてからすぐに家に帰った。
「ただいま〜」
「お帰り、姉上。またずいぶんと派手な立ち回りをしたものだねぇ」
腕を吊ってニコラスが現れ、階段の上から不機嫌そうな声で私に挨拶してくれた。
うっ、と固まって、上目遣いにゆっくりと階段を見上げると、今まで見たこともないようなニコラスが、デーンと構えていた。まるで鬼みたいな顔なの、あのニコラスがだよ?
「ハハ……まあ、何と言いますか、たまたまですが殿下の命を救えたので、よかったなと思ってる次第です……ごめんなさい」
最後は消え入りそうな声でションボリと謝った。ニコラスはハアッと大きなため息を吐いて階段を降り、吊ってない方の手を頭に回して、ギュッと抱きしめてくれた。
「ジェイク様だって私以上に心配なさってるんですからね、イタズラ心に危なっかしいことはしないで下さい」
「うん、今回ばかりはホントに恐かった。外国の情勢とか、自分には関係ない世界だと思ってたから。反省してます」
「わかったならよろしい。これからは女性らしく過ごした方がいいですよ。なんてったって王族になる訳ですから」
あん? 何だって? 何で王族になるの?
理解できなくて眉をひそめながら首を傾げてると、呆れたニコラスがガッツリと説明してくれた。
「いいですか? ジェイク様は第三王子なのですよ? その方と結婚するとなったら、姉上は王族に組み込まれるんですよ。姉上の産む子供には継承権まで付くと思いますけど?」
ほえ? 今さらながら、ジェイクってすごいんだ、とか思っちゃった。考えてみれば、お兄さんたちに何か問題があったらジェイクが王様になることだってあり得るんだ。
子供? あんなことやらこんなことして出来ちゃうワケだし。結婚するとシちゃうワケだしぃ……
あらあら、アルベリアの使者とかそこらへんの貴族に関わって死ぬ目に遭うなんて、トンデモないってやっと実感してきた……私が人質になったらジェイクってば逆らえそうにないモンね。そんだけ想われてるってことだけど。
いろんな考えが頭の中でグルグル渦巻いて、ヤバい、ちょっと顔が赤くなってくる。赤ちゃんだってさ。キャー、恥ずかしい。
両手で顔を覆い俯くと、ニコラスが鼻をフンと鳴らして私に言った。
「今さら照れてどうするんですか、全く無自覚にも程がありますからね。姉上は騎士団行きも控えてください、いいですか?」
「はぁい、わかった……です」
、
いつも以上に厳しいニコラスの物言いに、少しシュンとしながらも、素直に聞くことにした。しばらくは静かにしてるよ、ホントに。
珍しく聞き入れた私に対して、ホッとした表情をしながら頭をポンとひと撫でしてくれた。
なんかニコラスの方が年上になったみたいで変な感じ。いつまでも小さな弟のつもりだったのに、知らないうちに成長してるのね、ちょっと誇らしく思って微笑んだ。
「ニコーーーーーール!」
え? 空耳かしら?
お父様の声が聞こえる。予定ではまだエリン公国に出張だよねぇ。
バンッという音とともに玄関の扉が開かれ、お父様が顔を出す。
「ニコルっ、無事か?」
「あら、お父様、お早いお戻りで」
「お戻りで、じゃないっ。刺されたと聞いて、慌てて戻ってきた。何で王宮なんかに居たんだ。確かニコラスの休暇届けを出しただけだよなぁ」
んぎゃっ、お父様は私の両肩に手を置いて前後に揺すぶる。あわわわ……
「ただの休暇届け提出で、なんでお前が第二王子の護衛やったり、パーティーにニコラスの格好で出たりしたんだ?」
「父上、パーティーに私の格好で、とは?」
「ああ、第二王子から命を救ってもらったお礼を言われたのと、パーティーに潜入して内偵を手伝っていたらしい、と聞かされたよ。全くお前はなんて落ち着きがない娘なんだ」
うっわぁ、ラスティ様ったら、なんでお父様にまでバラすのよ。そんなことまで伝わったら、当分騎士団まで行けないじゃないの……
まあ、ニコラスには止められてるけどさっ。
「はあ? 姉上っ、そんなの聞いてないですよっ、もういい加減にしなさーーーーいっ!」
「だ、だってそれはっ」
「だってもそれもなーーーーいっ!」
「ひゃぁ、ご、ごめんなさーーーーい」
なかなか毎日投稿できずに申し訳ありませんです…