5話
「いつまで寝てるつもりだっ、ニコル、起きろ」
ジェイクのドスの効いた声が部屋に響く。
ん? 私ってば、天国でもジェイクに怒られるワケ?
「お嬢、いい加減、起きてくれないと、俺ばっかり団長に責められるんだからさぁ。一緒に怒られようぜ」
スレイ君のすがるような呟きまで聞こえてくる。
え? 死んでないの? ナイフ刺さったよね、しかもお腹のど真ん中に。
パチっと目を開けて、まずはお腹を確認した。服には刃物で切られた跡が残っている。鈍痛はあるが、お腹から大量出血とかいう心配はないみたいだ。
「制服に穴開いてんのに何で血が出てないの? 私刺されて息できなかったんだけどなぁ?」
「……おいっ、目が覚めてからの第一声がそれか? 俺は家か道場にいろって言ったよな? なんで王宮にお前がいるんだよっ」
雷が落ちる一歩手前のような、押し殺したジェイクの声。どうしよう……こりゃ一言いった瞬間にガツンと言われるよね。でも言われたことを守らなかったのは、謝っとくかな。
「ごめんなさい。ニコラスが怪我しちゃって、大事なお仕事が今日入ってたから、穴空けるとマズいかな、と思ったんです」
「だからって身代わりになる必要はないだろう。大至急で呼び出されて焦って、確認したらお前が刺されてて。いったい俺の心臓がいくつあれば足りるんだ?」
ジェイクは私を抱きしめながら、最初は咎めるように、次第に切な気な表情で小さく囁く。
いつものように、大声で怒鳴られる方が軽く流せるが、今回のように優しく小さな声で呟かれると、さすがの私もかなりこたえる。
「内緒にしてたのは謝ります。スレイ君に口止めしたのも私だから、責任は全部私です。ラスティ様に怪我はなかった? あの子は何者?」
私が体を張ったおかげでラスティ様は無事だとのこと。このことについてはジェイクとスレイ君からお礼を言われた。私が間に入らなければ、ラスティ様も無事では済まされなかっただろうから、間一髪で助けだした事実は、表彰に値することなのだ、と説明された。
ラスティ様を襲った女の取り調べは別室で続いてるようで、真相が解明されるまではもう少し時間がかかりそうだ。
今気づいたのだが、どうやら個室みたいな部屋に移されたみたいね。周りにはジェイクとスレイ君しかいないし、小ぢんまりとした部屋だ。
私がキョロキョロしてるのを見て、ジェイクが言う。
「ああ、ここな。お前が失神してるから、慌てて近くの仮眠室まで連れてきた。俺もお前もあまり貴族に顔を覚えられるのはマズい」
へえ、そうなの? 貴族って自分の顔売ってなんぼって感じだと思ってた。
今ひとつ理解しきれない私の為にスレイ君が補足してくれる。
「団長はじめ、俺たち第六の連中は影で動くからな、政治や利権に絡む貴族に知れると敬遠されるし、下手すると消しにかかるヤツらだっているんだぜ」
「それに俺は兄上たちの予備ってことで、王宮でもそこまで護衛がつく訳でもない。自分で自分の身は守らなければいけないんだ。俺でさえ危険なのに、お前の存在が一般に漏れると危険度があがるんだよ」
ああ、なるほど。私を楯にジェイクや王族関係者を脅迫することもできるからか。ジェイクやスレイ君狙うより、私の方がターゲットになりやすいのは一目瞭然だ。
それを考えると、私って表舞台には立っちゃいけない人間だったのか。あっちゃあ、そんなこと一切考えてなかったぁ。スレイ君が最初に迷って護衛から外そうとしてたのも、こういう経緯があったからなのね。
「団長とお嬢が付き合ってることも、一般には公表してないだろ? あれってお嬢を守るためでもあるんだよ。団長に関わる人間は狙われる可能性がでてくるからさ。今回は俺が焦り過ぎて、すぐに団長を呼んじまったから、今ちょっと後悔してる」
ふうっとため息をついて、ジェイクをチラッと見ながらボソボソと喋る。
「本来ならお嬢をこの部屋に移動させた後から団長に伝えるのが正しいんだよ。まあ、団長が知ることがないまま、お嬢を家に返すのがもっと正しいしんだけど」
スレイ君は私が刺されたと思ってすぐにジェイクに連絡をいれたらしいが、よくみると体に巻きつけた大量の布に阻まれてナイフが通ってなかったのを見つけて、慌てて公爵と使いの者を呼び戻そうと思ったようだ。
しかし時すでに遅く、しっかりとジェイクの耳にこの一件が届いてしまった、というのが今に至る状況を作ってるらしい。
「しかしサーラ殿ってすげぇのな、ナイフを通さないボディを作るって、もはや芸術」
「そうでしょ、そうでしょ。ウチのサーラにかかったら、スレイ君も完璧な女性に変身できるわよ。今度試してね」
二人で変装について話していたら、恐い顔したジェイクに釘を刺された。
「スレイ、お前には今度女装の仕事振ってやる。とりあえず今はニコル用の服一式、侍女からもらって来い。早く行け。ニコルはここで脱げ」
ぅえっ? な、んですと?
真っ昼間から何でそんなハレンチな。
真っ赤になって首元を押さえ、後ずさりながら首を横に振る。
迫り来るジェイク。スレイ君は何かを察して、早々に部屋から消えていた。
「いやーーーーーーっ、来ないでーーーーーーっ!」
絶叫虚しく、いつだったかの酒場の時のように、またもや白日のもとに私のプリティな胸が晒され、ジェイクに確認される。
「別にやましいことは無いから、ただ、刺された箇所の確認と怪我やアザになってないか、自分の目で確かめたかっただけだ。ほら、これ着てろ」
体に巻きつけた布を全て剥ぎ取り、少し赤くなっている鳩尾部分を確認して自分が羽織っている服を私に着せてくれた。
「ホントに向こう見ずなんだから、困っちまう……だから団の仕事もさせたくないのに。お前が傷つくのが一番嫌なんだよ。いい加減、俺の腕の中にいろ」
「う……ん、心配してくれるのは嬉しいんだけどね、何もしないっていうのも拷問なんだよ? 何もさせてくれないから、隠れて何かやりたくなっちゃうの。お願い、もう少し、ほんの少しでいいから、何かさせて」
ふむ、と考える素ぶりをみせ「ある程度のことは任せるから」と言ってくれたので、ちょっとしたこと、やらせてもらえそ。よかった、これで毎日が楽しくなるかも。期待しとこっと。
「さて、それと今回の件は違うからな。スレイとニコルには罰を受けてもらう。スレイは一週間、ラスティ兄上のところで書類仕事だ」
ちょうど洋服一式携えてきたスレイ君が来たのを見計らって、罰が言い渡された。
内容を聞いたスレイ君は、この世の終わりみたいな顔して頭を抱える。
思わずクスクスと笑ってしまった。書類仕事なんか大したことないのに。まあ、スレイ君の机みたら、ああいうお仕事が苦手ってよくわかるけど。
「それとニコル、お前は……」
ジェイクが黒い笑みを湛えながら、私に向かって耳打ちした。
「ヤダーーーーっ! 絶対困るーーーーっ!」
「タメだ、もう決めた」
「ジェイクーーっ、お願い、無理無理、今日は絶対無理だから」
「決めたっていったろ? スレイだって一週間我慢するんだ、お前は一時だろう、平気さ」
真っ赤になって焦ってる私を見て、これ以上ないってくらいの上機嫌なジェイク。放っとくと絶対に鼻歌歌うだろって雰囲気だ。
そんなジェイクに向かって、本日何度目になるんでしょうかねぇ、全力の声を出してみた。
「鬼ーーーーーーーーっ!」