3話
「サーラ、もうちょっと緩めに巻いてくれてもいいと思うんだけど……っうぐっ」
「お嬢様は少しお太りになられましたでしょ? 丸みが出てきた部分をカバーしないとバレバレになっちゃいますよ。ガッツリいきますからね。お覚悟!」
「みぎゃあーーーーーーーーっ!」
少しお太りって、あのさぁ、傷つくじゃん。
確かに最近ちょっと食べ過ぎ感あるわよ? でもジェイクのせいだからねっ。
あの人が美味しいものばかり食べさせるんだもん。ニコニコしながら見つめられるのと、美味しいもの目の前に出されることのダブル攻撃に抵抗できるワケないから。
それにサーラもサーラよ。
お覚悟、と言われたから覚悟したけどさ、何も私の背中に足を掛けて引っ張らなくてもいいじゃない……
おかげさまで、ニコラスヘア二号と最新のミイラボディ装着済みの偽ニコラスが完成したけど。
鏡を見てみると、ホント似てるよね。ちょっとアゴのラインがニコラスより丸みがかってるけどさ、あとはちょちょちょいっと眉毛描きたして、精悍さを少し盛ったら……はい、完成ですっ。
むむ? 何か私の方が全体的に小ぢんまりしてない? ニコラスに差をつけられたみたいでちょっとショック……
ま、気を取り直して行くわよ。
よし、いざ出陣じゃあーーっ!
あっ……ごめーん、ニコラスのこと忘れてた。まだ目が覚めないのかしら? ちょっとお、このまま覚めないってことないでしょうね?
「サーラ? ニコラスの様子はどう? 頭打ってまだ目覚めないってことあるの?」
「たぶん平気でしょう。最近ニコラス様は睡眠時間が激減してましたので、疲れが溜まってたのもあるかと思います」
「そっか。ならゆっくり休ませといてね、じゃ、私頑張ってくるからねぇ〜」
チョーご機嫌で、スキップしたい気分をグッと抑えて家を出た。
******
「……とのことです。以上が申し送り内容です。それではよろしくお願いします、テイラード殿」
「はっ、承知しました。お疲れ様です」
ふうっ、緊張したぁ。今から特別しなきゃいけないこともなかったし、あとは扉に引っ付いて、王子が来たら後ろからちょこちょこ付いて行けばいいよね。もう一人の護衛を真似とけば問題ないだろし。
そう言えば、もう一人の護衛、遅いよなぁ、ガッツリ遅刻じゃないの? それとも何か別な動きしてる人かなぁ。
そんなこと考えながら、ボーッと立っていたら、向こうから近衛の制服着た、護衛らしき人がやって来た。
「悪い、少し遅くな……」
「いえ、申し送りは私が先に受け……」
二人で同時に固まってしまった。
何だってこのタイミングで彼がいるんだ。
とりあえず何か喋って誤魔化さなければっ。
「お、おひさ、しぶりです、ラングダウン様」
対面したのは、何とスレイ君だった。
何でここにいるのかわからんが、バレないようにニコラスになり切らねば。大丈夫、平常心よ、ニコラス。私はニコラスだから。堂々としていなさいな。
しかし、徐々に座っていく彼の目は、誤魔化せているのか、いないのか……
……負けたっ!
目つきが絶対疑ってるっ。ヤバいかもっ、と動いた瞬間、両肩をまず掴まれた。そのまま腕と両頬をガシッと触られていく。もちろん私は無抵抗です、はい。
「おまっ……お嬢……やっぱりアンタか。前見たニコラスとはちょっと違ったから、もしやと思ったけど」
「お願い、見逃して、スレイ君」
「見逃すも何も……これ団長知ってるのか?」
私は笑顔のまま、視線を斜め上に向けた。
「……だろうな。で、何でお嬢がここにいるんだ? しかもニコラスの格好までして」
バレちゃったものはしょうがない。とりあえずニコラスが階段から落ちて、護衛が出来なくなったことと、休暇申請を出しに来たことを告げた。そしてその上で、何とか今日一日だけ、この仕事をさせてもらえないか、スレイ君に頼み込んでみた。
「護衛が出来なくて申請書を出しに来たのはわかるよ。ただ、何でお嬢がこの格好よ? しかも、ほぼ完璧じゃん。俺か団長じゃなきゃわからんぞ、たぶん」
「そもそもジェイクが悪いのよっ。私に第六の仕事させてくんないし。ちょっとくらい私だってお役に立ちたいのにさ」
ぷうっと膨れて愚痴ってると、苦笑いしたスレイ君から「その顔やめろ、他の貴族から見えたらヤバい」と注意された。
慌ててキリッとした顔で背筋を伸ばし、改めてスレイ君にお願いした。
「ねえ、今日だけだから。だってもう護衛の時間始まってるもの、ここで私が帰っちゃったら、逆に問題ありでしょ? スレイ君が悪者だよ? ところで、スレイ君こそ何でここに?」
「俺はアルベリアの使者とその取り巻きの状況確認だ。誰かと目配せしてたり合図を送ってたりしてないかのチェックだな。しかしなぁ、どうするか、これ」
ええ、本気で私を返すかどうか考えてるワケ? やっぱり見逃してはもらえないのかなぁ。たった一日だったのに……
意気消沈していると、真剣な目つきのスレイ君から低く小さな声で言われた。
「いいか、よく聞け。俺はアルベリアの動きに集中しなければならない。だから王子のことは二の次になってしまう。お嬢がこの仕事を本気でやりたいなら、体を張って死ぬ気で王子を守れ。剣なんか抜かんでもいいからな。自分は刺されてもいい覚悟でだぞ? いけるか?」
私はスレイ君のその迫力に若干気圧されながらも、コクコクと頷いた。
今回は通常の外交とはちょっと違うらしい。先ほども釘を刺されたのだが、アルベリアの動きがあまり歓迎すべきものではないことに加え、それに刺激された反王家の貴族が、王子を狙ってくる可能性もあるというのだ。
第一騎士団長には、一番責任感があって、尚且つ向こう見ずな者を、ということで人選をしてもらったらしい。
なぜそんな人選? と首を捻ってたら、仕事熱心で任務を遂行する者なら、身を呈して王子を守ることも厭わないだろう、という判断なんだそうだ。
へえ、ニコラスってば、結構熱心さを認められているんだね。近衛の仕事が好きなのもわかるわ。なら、ニコラスの代わりに私が今日一日だけでも頑張らないとね。気を引き締めてしっかりと足を踏ん張った。
私がシャキッとしているのに、スレイ君はぶつぶつと呟いている。
全くいい歳した大人が、何不満を言ってるんだか……
聞き耳をたてると、呟いてたのはこんな風なことだった。
「今日に限って何だってお嬢なんだよ。団長も首根っこ押さえとけってんだ。今日の分は絶対驕ってもらうからな。でも、お嬢に怪我でもさせたら、俺驕られる前に死んでるかも……おお、こわっ!」
やだなあ、スレイ君ってば。ジェイクはそこまで鬼畜じゃないわよ。
確かに、ちょっとくらい、んー、結構な感じで鬼っぽいとこあるけど……
考えたら、私もバレたらジェイクに絞め殺されそうな感じじゃん。ガクブルでスレイ君を見つめれば、向こうもかなり顔色が悪い。
「スレイ君、ジェイクには絶対バレないように今日一日を乗り越えようね?」
「当たり前だっ。お前より俺の命の方が風前のともし火なんだよっ。いいか、絶対に余計なことするなよな。ホントじゃじゃ馬なんだから」
ひどいっ。じゃじゃ馬なんて表現、私に対して失礼でしょうがっ。
スレイ君に向かって、プンッと拗ねてみれば「だからその顔をするんじゃないって」とまたまた怒られる。
あら、ごめんなさい。自然に出ちゃうのよ、最近不満ばっかりだったからね。
でも、ほんの少しだけドキドキワクワクしてることは隠しきれない。拳をギュッと握って、気合いを入れ直した。
この場にいることにほんの少しだけ、後ろめたさもあったけど、やっぱりお仕事って楽しいな、と思っちゃうあたり、私って懲りない女だったんだなあ、と改めて自覚してしまった。