12話
目が覚めると自分のベッドの上だった。
ああ、よかったぁ、全くこれ以上ないってくらいの恐怖を味わいましたからね。
ニコラスがお説教してくれたのも、ありがたい教訓として胸に刻みます。これからはあんまり心配かけない、いい子になります。
もうすぐジェイクが迎えに来てくれるかな?
私どう? 変じゃない? 髪の毛跳ねてないかしら?
玄関の扉の前に立って、ジェイクのお迎えを今か今かと待っている。
と、扉が急に歪み出し……必死に手を伸ばすのにどんどん扉が離れていく……
ガバッと飛び起きると、自分の家で目覚めたことが夢だったと思い知らされた。
肩を上下させて荒い息を何回か吐き出したら、少しだけ周りを見る余裕が出てきた。
ここは馬車の中のようだ。クッションが幾重にも重ねられているので、地面からの揺れはほとんど感じられない。
首すじに流れる汗を手の甲で拭い、窓や扉をガタガタさせて確認する。
扉は外側から鍵をかけられてビクともしない、窓はどうだろう。格子に邪魔されて顔どころか手すら出せない状態。完全に拉致されてる途中みたいだ。
どうにかして外の誰かと連絡つかないだろうか。ドレスの隠しに入っていた短剣もしっかり奪われている。後はハンカチくらいか。
見つけてもらえるかどうかわからないけれど、やれることは全部やってみよう。
ハンカチに唇を噛んで血を滲ませてから、窓の隙間へ押し込む。外に落ちたのか、途中で引っかかるか謎だが、とりあえずの行動は起こした。
そのまま少し行ったところで馬車がガタンと揺れて止まった。窓から覗くと、どうやら検問みたいなのに引っかかったらしい。隙間から口を付けて「助けて! 攫われてるの!」と大声を出してみた。
馬車は軽く前後しながらユラユラと揺れる。その間も、とにかく窓の隙間に噛り付いて必死に叫んだ。
と、馬車が大きく方向転換してカタカタと道から逸れて止められるようだ。やった、これで扉を開けてもらえれば助かる。
安心して座席に座り、大きくため息をこぼした。扉の鍵を開けようとするガチャガチャという音。この音がものすごくじれったく聞こえる。早く開けて!
不意に変な方向にガクンと揺れたかと思うと、なんだかすごくスピードを出して走っているような気配。
これって……検問を強引に突破して逃げてるってことじゃないですかぁっ!
馬車の揺れはどんどん激しく、時折バウンドしたりして非常に危険な感じがする。
車輪が外れたりしたら、横転したままあの世行きだよね、たぶん。
いやいや、あり得ないから。私まだ死にたくないからさ、勘弁してくれや。
ガッコンガッコンいわせながら激しく動く馬車の中で、どっか掴まるとこないかと見回すが、あいにく床に座って座席に掴まるのが一番だとの結論がでる。
なんて言ってるうちに左右の揺れが一層激しくなってきた。これって車輪が外れかかってるサインだよね……いろんな方向に振られ始め、ガサガサと葉っぱや枝に当たる音。こ、これは最早、馬を制御している方がいらっしゃらない、ということでよろしいのでしょうか?
あまりの怖さに声もでない。顔を引きつらせながら、ギュッと目を瞑った。
次の瞬間、ひと際大きくバウンドして、着地した時に馬車の箱部分、つまり私が乗っている部分が崩壊した。岩に当たって大きく左に逸れ、木に叩きつけられてやっと止まったようだ。
私は、というと、叩きつけられる瞬間も、大量のクッションが緩衝材として役立ったらしく、打ち身くらいでなんとか平気そうだ。
首がアッチコッチに振られて半分気を失ってたのも、衝撃を上手く流す手助けになったようだ。
この時点で私の意識はなく、気がついたのが、検問を設置した村、というか詰所みたいなところの救護室だった。
「お気がつかれましたか?」
ん? 気づいたけど、誰だい、この渋メンは?
顔中にハテナマークを貼り付けていると、クスッと笑いながら自己紹介してくれた。
「私はこちらの東方一帯を管理、統制しております、第三騎士団長のノリスと申します。テイラード伯爵のお嬢様とお見受けしましたが、間違いありませんか?」
「は、はい、ニコル・テイラードと申します。お助けいただきありがとうございます。アルベリアに入る前に救助してもらい、本当に感謝してます」
そうなのだ。アルベリアはグリフォード国の東に位置しているので、こちらの地域での事件はみな第三騎士団が担当することになっている。
たぶん、アルベリアが絡んできていたので団長が直接私を看てくれてたのかな?
国境を越える前で本当によかった。国外に出たら、私の場合は捜すことも難しかっただろう。
なにしろ、アルベリアの使者は私の素性に薄々勘付いていたんだと思うのよね。だから直接自分の手元に置いて利用しようとしたのだろうし、交渉材料に使われて、永遠に捕虜のままだったと思うよ。それを想像しただけでも震えがくる。
でもここの人たち、よく私がニコルだってわかったわね。私って国内でもあまり顔、というか存在が知られてなかったと思うんだけど。
不思議に思ってると、それを察したかのようにノリス団長が答えてくれた。
「以前、あなたの手配書が回って参りましたので。今回は手配書ではなく、通達でしたけどね」
軽くウインクしてニッコリ笑うのも様になってる。もうっ、そんなアプローチされたら惚れてしまうやろ〜。ちょっと歳は離れてるけど、こんな渋メンだったらアリでしょ〜。
ハッと思ったんだけど、手配書が出ちゃった段階で存在が薄い人から、全国的有名人になっちゃったってこと?
どうしよう、これじゃ家出も脱走もできないじゃん……
あれれ? 考えが逃げることしか思いつかない私って何なんでしょうか……最近どんどんお淑やかなお嬢様ラインから外れていってる気がするんだけど……
まあ、深く考えないことにするか、ハハハハハ。
「第三騎士団一同、というよりこの国の者大半でしょうか、ジェイク様のあなた様への溺愛ぶりが伺えて、みな微笑ましく思っているのですよ。何しろ、全国に手配書や通達を出してまで、あなたを追い続けていらっしゃいますし」
ありゃぁ、なんか……私たちって飛んだバカップルっぽいじゃん。ジェイク、あんた痛い人だと思われてんじゃないのよ。
「さすがミレーユ様のお嬢様だ。相手の心を捕らえて離さない。あなたもかなり魅力的な女性なのでしょうね」
へ? なぜにそこにお母様?
ふむむぅ、とした表情をしていたら、もう一度ウインクして教えてくれた。
「テイラード伯と私はミレーユ様を巡ってのライバルだったのです。結果的には振られてしまいましたけどね」
「ええーーっ! うちのお母様、頭おかしいって! 普通ハゲより渋メン取るでしょ……あ、ご、ごめんなさい」
ヤバいヤバい、つい心の声を口に出してしまった。ノリス団長はクスリと笑って爽やかに答える。
「いいえ、ミレーユ様は正しい選択をなされました。あなたを、こんなに美しく魅力的な女性に育てあげたんですからね。ちなみに、伯も当時は色男でしたよ」
「いやぁ、美しいだなんて……褒めてもらえるのはここ、ていうか、ノリス団長だけですよ。普段は怒られてばっかりで。たぶんジェイク王子が来たらまた儀式ですわぁ」
えへへ、と頭をかきながらノリス団長を見るとやっぱりクスクス笑ってる。あれ、何か知らないうちにやらかしちゃったかしら?
「それだけ愛されてるってことですよ。羨ましい限りです」
「ノリス団長の奥様も幸せな方ですよね。あなたのような素敵な方に愛されてるんですもの」
私がノリス団長と寄り添ってる女性を想像して頬を染めながら喋ってたら、意外な言葉が出てきた。
「いや、私は独り身です。ミレーユ様よりも魅力的な女性には、永らく出逢ってないので」
若干憂いだ表情まで素敵なんですけどぉっ。この人魔性だわ〜。
フッと気を取り直したようで、外と時間を気にしている様子。
「そろそろ到着される頃ですかね。ちょっと見て来ます」
ノリス団長が部屋を出ていって少しすると、外がザワザワし始め、だんだんとこちらに近づいてくる。たぶんジェイクだよねぇ。怒ってるんだろなぁ、きっと。扉が開くと同時に即行謝ろっと。
怖すぎて目を開けてられないから、とりあえずギュッと瞑って言うわ。
ガチャリと扉が開いた。せーのっ。
「ごめんなさーーーーいっ!」
明日でおしまいです〜。




