11話
「んうう、ったいなぁ」
ハッと気づくと薄暗い部屋の床に転がされていた。周りを見渡すと、私の他にも女の子が三人ばかり後ろ手に紐で縛られている。
みんな怯えて震えているようだ。
「みなさんも殴られたか何かされて、ここに連れてこられたんですか?」
三人に話しかけるが、誰も何も言わない。俯いて私と目が合わないようにしてるみたい。
「次に誰かが来たら解放してくれるように交渉してみますね。お金か何かで解決するなら安いもんですって」
そう話す私に向かって、誰かが小声で諌めてくる。
「余計なことしないでっ。変に騒ぎ立てると拷問受けることになるわ。しかもここにいる全員がよ。お願いだから何もしないで」
もしかしたら前に騒ぎ立てた子を筆頭に、みんな酷い目に遭ったのかもしれない。ゴクリと喉を鳴らし、押し黙ってしまう。
どうしよう、私の正体がバレたら真っ先に餌食になるはずだ。ここは黙ってるしかない。
しかしここってどこだろう、まずは場所の特定だな。次にジェイクに連絡取れる方法を探して、なんとか脱出しないと。でも上手く立ち回らないと、この子たちに迷惑がかかってしまう。
場所が特定できない今、私ができることはほとんどない。
周りを注意深く見て、外の様子に耳を傾け、必死に情報を手繰り寄せようと頑張ってみた。
連れてこられた子に共通することはなんだろう。よく見てみると、私と同じ髪の毛?
金色で胸元まであるストレート、瞳の色はそれぞれ違うかな。私は髪の毛と同色だけどね。
外の様子はあまりよく聞こえない。大きなお屋敷なんだろうか、それとも周りが静かなだけかしら? 何にしても、閑散とした場所っぽいのはわかる。
いろいろと確認していると、扉の向こうに人の気配と声を感じる。
「さあさあ、お嬢様方、これからあなたたちを今まで味わったことのない、素晴らしい世界に連れていって差し上げましょう。それまでもう少しお待ちくださいね」
仮面をつけた紳士がそう喋っているうちに、下僕のような人が香炉みたいなのを天井から吊り下げていく。その間にも、一人ひとり値踏みするように私たちの顎に手をかけ、怯えた表情を愉しんでいるようだ。パタンと閉まる扉の音を最後に、また静かな時間がやってきた。
香炉から出る香りは思った以上に甘ったるく、嗅いでるうちに体が怠くなりどんどん弛緩していくのがわかった。
呼吸が浅くなり体を起こしていることが辛くなってきたので、ドサッと床に身を投げ出した。閉じそうになる目を無理やり見開くと、他の三人もよだれを垂らしたり、微笑みながら眠り込んでたり。
あの香炉はマズいって。早くこの場から逃げたいのに、まるで水の中を泳いでいるように空気がねっとりと自分に絡みついてくる。
重くなる瞼を必死に持ち上げると、いつの間にか部屋には仮面の紳士が三人に増えていた。こちらが身動き取れない状態なのを確認してから入ってきて、私たちを観察していたようだ。
少し遠くに声を感じるが、仮面の男たちが入室すると同時に香炉が撤収されたようで、意識は朦朧としながらも、かろうじて様子を確認できる。
「今回はかなりの上玉ばかりでございます。ご指定の金髪ストレートの女性に限定してみました」
さっき香炉を持ってきた男が残り二人に説明している。言われた男たちは、順番に私たちを値踏みしているようだ。
「ほお、素晴らしい。やはり金の髪が一番だな。太陽の光を受けるのを愛でるには最高だからねぇ。髪の艶が一番いい娘はどれだろう」
こちらの仮面の男が香炉の男に注文したのか。金髪好きで女をコレクションの一部と考えてるヤツなんだな。最っ低。人間を人間とも扱わないなんてクズ以下じゃないか。
「お気に入りの女性はいましたかな、ガハハ。なんなら全て献上しても構いませんぞ、ガハハハ」
この声! 何日か前に死にそうな目に遭ったばかりだ。忘れるはずがない。
「ロ……ンダー……ド……くっ」
「ん? 貴様、私を知っているのか?」
ロンダードは私の手首を握ると顎をグイッと持ち上げ、顔を舐めるように見つめる。香炉の作用のためか、必死で抵抗してるにも関わらず、体も口も思うように動かない。
「お前、どこかで会った……あっ、あの夜会の男か? ほお、女が化けていたとはなぁ。実にいたぶりがいがありそうだ。ガハハハ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、ヨダレを垂らさんばかりに顔を近づけてくる。うぅ……気持ち悪い。脂ぎったその顔、頼むから一回洗ってくれ。
嫌がって顔を背けた先にもう一人の仮面の男。あれ、私この人とも会ってる気がする。
髪の色……声……穴が開くくらい凝視していたら、向こうもこちらをじっくりと眺め始めた。そしてポンッと手を打つと私の肩に手をかけて三日月のような口の形に冷たい笑みを浮かべた。
「おお、このお嬢さんは。確かニコルさんでしたか。やはり運命ですかね。今度こそ私の側にずっと居てくれますかねぇ、ふっふっふ」
この感じはそうだ、アルベリアの使者だっ!
なんで? 会談や訪問は一昨日終わって帰国したって聞いてたのに。
なんで未だにこっちの国にいるのよっ。
「な……んでまだ、こっ、の国……うっ」
「おやおや、私を覚えてくださってますね。しかも使者としての動きまで把握してるなんて。あなた、王族に近い方ですかな?」
え、ヤバい。私、変に印象づけちゃったのかしら。ヤダ、アルベリアまで連れて行かれたりしたら……
使者は、私の頭をゆっくりと撫で付け、そのひと房を掬い上げると、丁寧にキスを落とす。
やってることは非常に優雅なのだが、やってる人間が最低なヤツなので、気味が悪過ぎて吐き気が込み上げてくる。
左側にはロンダード、右側にはアルベリアの使者、どっちに転んでも最悪な状況しか考えられない。絶望的な感情が頭を支配し、感覚が麻痺し始める。
呆然と宙を見つめていると、私を見ていたアルベリアの使者が一言呟いた。
「……第三王子」
思わずピクンと反応してしまった。ヤツの目に次第に焦点を合わせていくと、向こうは小さく「やはり、だな」と笑ってる。
ひとしきり嫌味な笑いが収まると、アルベリアの使者が香炉の男に話す声が耳に届いた。
「今回は全員買い取ります。ひとりはこちらの仮面の方へ差し上げてください。残りはアルベリアのいつもの場所へ。こちらのお嬢さんは特別です。別ルートで厳重な警備を付けて、私の家に直接届けて下さいね。その代わり他の娘たちより多く、二倍の値段出しましょう」
「ああ、残念ですなぁ。私もこの娘を玩具にして遊びたかったのですが。まあ、今回はお譲りしますよ、私も別の娘をいただいたことですしな。ガハハ」
ああ、私売られるんだ。行き先はアルベリアかぁ。あの使者に毎日、撫で回されて遊ばれるんだろうなぁ。薬漬けにされて使者の膝の上に座っている自分を想像して、不意に身震いが起きてくる。
感情の抜け落ちた顔になってるが、涙は別の機能になってるらしい。
ひと筋流れでると、次から次へと溢れでて止まらない。
アルベリアの使者が私に近づいてきて、耳打ちする。ロンダードからは死角になってるようで、向こうは気づいてないようだ。
「あなたにはかなりの利用価値があると判断しました。利用しつくした後には、私の愛人として一生愛でて差し上げますからね」
ジェイク……助けて。早く私を見つけてよ。
私このままアルベリアに売られたら、一生ジェイクに会えない気がする。
彼の笑ってる顔を思い浮かべると、少し救われた気持ちになる。
目を閉じてジェイクのことだけを考えることにした。そして現実から逃げるように深い眠りへと落ちていった。




