28 別れは突然に③
このお話で一旦区切りとさせていただきます。
14時頃更新予定でしたが、早めにできたので早めに更新しました。
ビックリして、私はぽけーっと彼を見上げた。
彼は固い表情を崩さずに言う。
「妃奏に鈴木莉桜なんて従姉妹はいない。未来の記録ではそう記されてる。おまえは誰だ。」
私は言葉を失う。「未来の記録」とは、いったいどういうことだろうか。そして、言い訳が浮かばない。頭が混乱している。
優しかった彼に、敵を見るような顔で見られている。その事に驚いて、頭が真っ白になってしまっている。
黙ってしまった私に彼は続ける。
「おまえは、凛久の敵なのか?」
「違いますよ。」
声の方向に振り向くと、リリがいた。
「はじめまして。私はリリといいます。相原さんですね。先ほどの質問の答えですが、私と莉桜さんは敵ではありません。完全なる味方でもありませんが。莉桜さん、事情が変わりました。予定より早いですが、ここを離れますよ。」
「えっ。でも」
この状態で?という表情をしていたのだと思う。リリは困ったように言う。
「申し訳ないです。……でも、お別れはもうすんだのでは?」
「そうだけど」
離れずらい。
私は樹の質問に答えられるほど情報を持ち得ない。
けれど、今のリリの説明で樹が納得したとも思えなかった。
案の定説明を求める声が樹からあがる。
リリは困ったように言う。
「本当に時間がないのです。莉桜さん、リンゴ食べ忘れましたね?」
リリは小声で私に向けて言う。
反射的に声をあげる。すっかり忘れていた。今日の朝に食べようと思っていたのだ。
リリが急いでいる理由が分かり、私も慌て始める。
私が樹に内密にしていることがあるように、樹も私に秘密がある。それは多分未来に関係することで。すごく気になるし、聞きたいけど。毒リンゴの効果が切れたら、私は「鈴木莉桜」の姿ではいられなくなる。
急に姿が変わったら、樹はどんな反応を見せるのか。
びっくりするとは思うが、それだけでは済まないだろう。
「鈴木莉桜」の姿はかわいいけど、本当の私を見て樹は残念に思うのではないか。残念に思われるのは、嫌だと思った。
リリとの意見は合致した。名残惜しいが、仕方ない。
私は樹に向き直って言う。
「また、ね。」
言いたいことはたくさんあるのに、他の言葉が思い付かなかった。
「………またが、あるのか?」
樹は真剣な顔で聞いてきた。
彼も、この別れを少しは惜しんでくれているのか。
私は微笑みながら言った。
「あるよ、絶対。」
だから。
「申し訳ないけど、おじさんになっても独身でいてほしいな。」
私が言うと彼は驚いたように目を丸くした後、ちょっと笑った。
たまに見せてくれる、笑顔がたまらない。
その後、彼も何か言っていた。
それなのに。
リリはひどい。
いつもリリが私の前から消える要領で、私と一緒に樹の前から消えて来たと言う。
最後に、彼がなんと言っていたのか知る術はない。
帰り道のタイムマシーンはジェットコースターのそれで、私は楽しくてずっと叫んでいた。
大声を出してストレス解消もできる。
過去とさよならすることが寂しくてちょっと泣けていたが、ジェットコースターのお陰で気が紛れてよかった。
私の部屋につくと、帰ってきたという安心感があった。
部屋は何一つかわっていなかった。
私が過去にいた時間は無かったことのように、こちらでの時間は一時間しか進んでいなかった。
現在の時間で、たった一時間。
その時間で私は恋をして、失恋をして。両親の仲がうまく行くようにサポートして。
濃密な時間を過ごした。
「得した気分。」
私が呟くとリリは未来はもとの通りになりましたと言って未来の映像を見せてくれた。そこには私と両親が楽しそうに遊んでいる姿があった。
「桜子さん、ありがとうございました。本当に、ありがとうございました。」
リリは泣きながら笑っていた。
「リリ、どうしたの?どうして」
どうして、泣いているの?
彼女にそう問いかける時間はなかった。
彼女は神出鬼没、別れはいつも急なのだ。
うっすらと透けた状態のリリは言った。
「桜子さんが救ったのは、自分自身だけではないという事です。次は未来でお会いしましょうね。」
そうして、私の非日常的な日々は静かに終わった。