1 無理矢理タイムマシーン
リリと名乗った女性はリビングの母の特等席に座りコーヒーを飲んでいた。
砂糖6つ、ミルクは4つの相当な甘党だ。
躊躇なくコーヒーにポイポイと入れる姿を見て、彼女が今から飲むであろうコーヒーの甘さを想像してしまい、軽く気持ち悪くなってしまった。不審者相手だが、糖尿病の心配をしてしまった。
過度な甘さは勘弁してほしいが、適度な甘さは欲しい。
私はコーヒーに砂糖を2つ入れると、一口口に含む。
私も少し、落ち着きたい。
ふぅっと息をつくと、ちょっと落ち着いてきたような気もする。
「こちらの世界でもコーヒーの味は変わりませんね。この甘さが何とも言えないですよね。コーヒーは甘いに限ります。」
私も甘くないコーヒーは苦手だから彼女の言う事は分からなくはない。とりあえず深く考えずに流しておくことにする。
不審者とゆっくりお茶を飲んでいる今の状況もおかしいが、それも流しておこうと思う。
そもそも今の状況になったのも、彼女に流されてしまったせいだろう。
「では早速ですが桜子さん、時間もありませんしそろそろタイムマシーンで過去へ行きましょうか。」
コーヒーを飲み終わったリリと名乗った女性はちょっと買い物に行こうと言うようなノリで言ってくる。
これには自他共に流されるがままに生きてきたと認める私でもさすがに突っ込んだ。
「いやいやなにそれ。」
「だから、あなたの過去が変えられようとしているんですよ、未来人に。このままだと、桜子さんのお父さんとお母さん結婚しなくなっちゃって、そうすると桜子さんも産まれなくなるんですよ。」
リリと名乗った女性は茶菓子を口に放り込んで、モグモグと口を動かしている。
さすがに甘いコーヒーと甘いお菓子は組み合わせ的に合わないのではないだろうか。しかし、個人の好みだ。他人がとやかく言うのは違うかもしれない。
不審者の言う言葉なんて信じられない、ましてや内容があまりにも現実的でない。
「うーーん。」
返答に困り、唸るとリリと名乗った女性は和らいでいだ表情を固くした。
「あまり信じてませんね?もう、時間ないのに。」
あまりではなく、全然信じてませんとは心の中だけで呟いておいた。
というか、信じられるような内容ではないし、信じてほしい割りに説明も雑だ。
「分かりました。取って置きのものをお見せします!」
そう言って、手のひらサイズの手鏡を私に見せてきた。
その中には私の母と、知らない男性と男の子が幸せそうに公園で遊んでいる姿が写っている。
その映像はテレビの映像のように走り回り、会話も聞こえてくる。会話の内容は今日の晩御飯についてのようだった。そして間違いなく母の声だ。仲のいい家族なのか、3人の表情は楽しげだ。
「へぇーこれ最新の小型テレビとか?すごいね、こんなにコンパクトなの出たんだー。知らなかったなー。」
私の話を聞いたリリと名乗った女は、
「ううん、違う違う。私が注目してほしいのはそっちじゃないなー。そもそもテレビじゃないし。自分の母親が知らない子供抱いてるのよ?話の流れ的にこれが過去が変えられた場合のあなたのお母さんの辿る未来だって思わない?!」
リリはネーブルを叩きながら勢いよく立ち上がった。
テーブルは大きく揺れ、私のコーヒーが少しこぼれる。
ちなみに、リリと名乗った女のコーヒーカップは空になっていた。
あわあわとこぼれた私のコーヒーを布巾で拭き取る。
そろそろ「リリと名乗った女」と言うのも疲れたので、もうリリと呼ぶ。
「もう、気を付けてよ。絨毯に落ちたらお掃除大変なんだから。」
注意している私をリリはじっと見ている。横からすごい視線を感じる。この視線、私がリリを見る視線と同じ。そう、不審者を見る目だ。
何故そんな目で見られなければならないのだ。
納得できないなと思いながら、コーヒーを拭いた布巾を洗いにキッチンへ向かう。
布巾を洗って戻ってくると、新たな茶菓子を食べながらリリは言った。
「……分かりました。すぐに信じろっていうのが無理がありますよね。私も、もっと説得材料を持ってくるべきでした。」
えっ、どうした。感情的だったリリは落ち着いて言った。
先程との違いに私はきょとんとした顔をしていたと思う。
私が布巾を洗ってくる僅かな時間に何があったのか。
「これだけは覚えておいてください。あなたは自分で自分が産まれてくるように過去を守らなければならない。あなたのご両親が結婚しなければ、あなたの存在は消えるんです。」
「何よ、私の説得を諦めるんじゃないの?」
何だ、諦めてないじゃないかとため息をつきたくなりながら私が言うと、リリは次の茶菓子を食べながら「ええ、諦めました。あ、食べます?」と開けたばかりの茶菓子を進めてくる。
私は茶菓子を遠慮して、コーヒーを飲む。先ほど剥いておいたリンゴをしゃくっと噛る。
リリの健康のためにもとリンゴをすすめるが、断られてしまった。
「私は過去へときどきしか行くことができません。あなたのジュエリーボックスをタイムマシーンの到着地に設定しましたので、ジュエリーボックスは出来れば肌身離さず持っておいてください。あと、過去では『鈴木莉桜』と名乗ってください。本名はいろいろ不味いことになりますから。」
「なにそれ、それじゃまるで………」
言葉は最後まで言えなかった。急激な眠気に襲われながら、体の異常を感じる。
「絶対に、未来から来たことがバレないように気を付けてください。それから………」
ああ、やられた。コーヒーに一服もられたんだ。朦朧とした意識のなか私はそう結論を出した。
リリの言葉はもう頭に入ってこなかった。




