17 もう一度
昼食後、私は奏と帰るつもりでいたが奏にあっさりと断られてしまった。
奏は次の授業が詰まっていた。
そのため、一人で帰るように促されてしまった。
実は、鈴木莉桜の設定上方向音痴という情報はない。だから奏含め妃家の家族は私がいくら方向音痴だと訴えても真剣に取り合ってくれない。ホラ吹きとまでは思われていないが信じてもらえないのだ。
過去に来てからというもの、タイミング良く外を歩くときは誰かが一緒なので迷って帰れないという事がない。
だからなおさら、私の主張は「大袈裟な」と笑われて終わっている。
そのため奏は私を一人で帰宅させようとした。でなければ、奏はそんな提案はしてこない。私は少し駄々をこねて奏を待つと主張したが却下された。奏は今日はみっしり授業を入れている日なので、待たせるのは申し訳ないということだった。しぶしぶ、一人で帰ることを了承した。日中だし、まだ明るい。道行く人に聞きながらであれば帰れるんじゃないかと私も思った。それに、私も少し一人で落ち着く時間が欲しい。そんな私たちのやり取りを見ている樹だけが、私に疑いの目を向けていた。
一人で大学を出て歩くこと2時間。妃家にはたどり着いていない。
歩き疲れて、休憩する事にしたためベンチに座り空を見ていた。
歩き疲れた足が回復したら公衆電話を探しておじさんかおばさんに探しにきてもらおう。
迷惑をかけるが、樹に言われたように夜に一人で歩くことのほうがリスクを伴う。
仕方ない。
声をかけられて私は振り返った。
そこには不機嫌そうに樹が立っていた。
「また迷ってる。素直に一人じゃ帰れないって言えよ。」
「・・・ごめんなさい。でも大丈夫かなって思ったんだよね。」
「お前の方向音痴重症だから。奏知らないのか?」
「言ってない。」
「危ないからちゃんと言え。」
今日は樹に怒られてばかりだが非は私にあるし、彼は私のために怒ってくれている。そう感じるから嫌な気分にはならなかった。
「送ってやるから。」
樹の申し出に断る理由はない。
お礼と謝罪の言葉を伝えて私は樹と歩き始めた。
正直2時間歩いたがために疲れた足は完全回復していなかったが、そんなわがままは言えなかった。
二人で歩きながら話をしていると、なぜか梨佳の話になった。
話の内容は対した話ではなかったと思う。
だけど梨佳の事を考えてしまったら、私は口にしてしまっていた。
「樹さんは奏ちゃんが好きなんですか?」
ほぼ勢いで聞いた。そしてすぐに後悔した。
この答えは知っている。
それなのに、彼の言葉が怖かった。
私ってバカだなとつくづく思う。
彼の肯定の言葉を聞いたら私は樹に告白どころか好きになってもらう努力さえできなくなってしまう。
先程食堂での告白はノーカウントだ。樹には届いていないし、あんなムードも勝算もない告白は無しだ。
私は樹に告白も好きになってもらう努力もしたい。樹が奏を好きだと知っているのに周りをうろうろする女だと嫌われたくもない。ずるい考えなのは分かってる。梨佳ほど潔くはなれない。
口を開こうとした樹の口を背伸びして手で塞いだ。
慌てたため、勢い余って身体の体制を崩して樹に掴まる。ちょっとだけびっくりした顔の樹は私の手を無理矢理外そうとはせず、尚且つ私を支えてくれた。
「私、樹さんの事が好きです。」
今しか言えないと思った。
樹が優しいから私の手を外そうとしない間に。彼が先程の問いかけに肯定してしまわない間に。
ずるい手を使ってしまった。彼の優しさを利用してしまったように感じる。
後ろめたくはある。けど不思議と後悔はない。
「好きになってもらえるように頑張ります。お願いですから、今は返事しないでください。」
そうして、樹の口に当てていた手を外す。
恐る恐る樹を見上げる。
するとおでこに痛みが走る。
「ほら、帰るぞ。」
それだけ言って樹は何事もなかったように歩いていく。
私はデコピンされたおでこを押さえながらその背中を追った。
ずるい。
私って、ずるい。