11 相原樹という人
お店と妃家は歩いて1分の距離である。
学校終わりに例の4人で夕食を食べに行くことになったらしい。会場となる居酒屋はここからすぐの場所で、奏は荷物をおいてから会場に直接向かうとのことだった。4人とも未成年でお酒は飲めないが居酒屋メニューを食べに行くらしい。その感覚は高校生の私にはよくわからない。
さて、では何故樹が一緒なのか。
今日の奏と樹の最後の授業が一緒だったらしい。
そして、優人と梨佳はまだこの後授業が残っており二人の授業が終わり次第合流できる。
それならこのお店で優人と梨佳を待って4人で一緒にお店に向かおうという話になったらしい。
今、お店には私とおじさん(未来の祖父)だけで、おばさん(未来の祖母)は自宅に帰っていた。今日の夜ご飯はコロッケよ!と意気込んで帰っていたが、おばさんは奏が外食することを知っているのだろうか。
お店に樹を連れてきた奏はおじさんに樹を紹介すると、自宅に荷物を置いてくると言ってお店を出ていった。おじさんは厨房で明日の仕込みをしている途中なのでと、樹にコーヒーを出すように言うと厨房に入っていった。
コーヒーを準備しながら考える。
樹は私にはじめてと挨拶をしたし、知らないように振る舞ったほうがいいのだろうか?
でも、お礼を言いたい。
私はコーヒーを音を立てないように樹の前において近くにミルクと砂糖をおく。
そして頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたのお陰で探していた人に会えました。」
私が言うとチラッと私に視線を向けてすぐに興味を無くしたのかコーヒーを一口飲む。
「良かったな。」
ちょっと冷たい言い方に聞こえた。だけど彼は敬語じゃないし初対面のフリをしなくていいのだと理解できた私は頬が緩んだ。
「奏ちゃんとは従姉妹で、今は奏ちゃんのお家でお世話になってます。あ、そのうちお礼させてください。本当に助かったから。」
「礼なんていらないから。」
彼はそう言うと鞄から本を取り出した。どうやら話をしたくないらしい。そこまで露骨に拒否されたら、口をつぐむしかない。
私は彼の側から離れトレーを置いて、やりかけていた掃除を再開した。
この空気には覚えがある。過去にきて最初の朝ご飯の時の雰囲気に似てる。
彼は優しかったり素っ気なかったりする。それが何故なのか分からないが、人間優しくされたいものだ。
空気を変えたい。そう思った私は、箒を持ったまま彼の近くに行った。カウンター席に座る彼の隣に立って言った。
「、、、コーヒー、ブラックって苦いよね。」
勢いで来たがノープランだ。それにこの話題、そう長く続かない気がしてきた。
どうしようと考えていたら彼は短く言った。
「甘いほうが苦手。」
「私お砂糖2つないと無理だな。甘いもの苦手?」
「滅多に食べない。」
「えー、人生損してるよ。でも、太らないからいいね。」
私が空気に耐えられないことを察したからか、どうでもいい話だったからなのか分からないけど、彼は私と会話をしてくれた。彼の短い答えに倍くらい喋る私。彼は私に視線を向けることは無くて、本を直しもしなかったけど気にならなかった。
何でもない話だったけど、彼と話すのは楽しくも感じた。聞きたい事が尽きなかったのだ。
お店のドアが開く。
奏が「お待たせー。」とお店に入ってきたことで私たちのおしゃべりは一旦終わった。
奏は荷物を家に置いて、おばさんにご飯が不要なことを伝えたらしい。コロッケを作ると気合いの入っていったおばさんにちょっと怒られたらしい。
奏は樹の横に座った。私は箒を掃除道具置き場に直して手を洗うと奏にもコーヒーを入れる。
奏はお礼を言ってコーヒーを口にした。
「何読んでたの?」
そうして二人で本の話が始まる。私はまた掃除を始めるために箒を持った。
樹は本をカウンターに置いて、奏と向き合って話を始めた。
先程は気にならなかったのに、今となって少し嫌な気持ちになってしまった。
樹は奏を好きなんだ。
だから私とは違う。
だから、苦しくなるのは違う。