9 懇親会
私の声に、奏と樹は同時に私を見た。
「莉桜・・・。」
奏は顔を隠すように下を向いてしまう。涙に濡れた顔は、痛々しく感じられた。
「奏ちゃん・・・。」
私は何があったのか問うように奏を見た。そして隣に立つ樹にも視線を送る。
樹は目が合うと、すっとそらして言った。
「はじめまして。奏さんとは大学の同級生で、相原樹といいます。今日一緒に懇親会に参加していたのですが、気分が優れないみたいで。夜道で何かあってはいけないので、送らせてもらいました。」
樹の丁寧な言葉遣いと、はじめましての挨拶。樹は私の事を分からないのだろうか。そう思うと気付いてほしくて、私も自己紹介をした。
「私は鈴木莉桜といいます。奏ちゃんとは従姉妹で」
私が説明を始めようとすると、樹は奏に目を向けた。続けようとした私ははっとした。今は、そんな場合ではない。理由は分からないが奏は泣いている。
そもそもここは玄関先だし。自分の行動に反省する。
とりあえず、奏の手を引いて部屋に誘導する。奏も両親には見られたくないだろう。そう思っての判断だった。
私はちらっと後ろを振り向いて樹にお礼を言う。樹は奏に「また学校で。」とだけ告げると軽く一礼して帰宅した。
奏はその後しばらく泣いていた。泣き止んだ後はしばらく考え込んでいた。そして言った。
「男は優人だけじゃない。あんなやつ、もう別れてやる。」
意気込むように言う奏にストップをかけたのは私だった。
奏が泣いていたのは優人のせいで、そのせいでお別れを選んだのだろう。
恋人間ではこういう痴話喧嘩は頻度はおいておいても、あるものなのだろう。だけど、今奏と優人が別れてしまっては私は存在しなくなる可能性が高くなる。
リリは誰かが私が生まれないようにしている的なことを言っていたが、その誰かが私を消すための方法として両親をそもそも結婚しないように誘導しているってこともあるのでは?
あれ、なんで私は存在を消されようとしているんだろう?
混乱してきた。
全く頭の中が整理できない。
とりあえず目の前のことに集中しなければ。
「次の恋よ、次の恋!私は樹君と新しい恋するんだから!」
「・・・・・え?」
いろいろな引っ掛かりを覚える言葉に、私は奏から話を詳しく聞き出すことにした。
正直、両親の恋の話なんて進んで聞きたくない。ある程度興味はあるが、現在進行形の話のためか、ずいぶんと生々しいのだ。だが、仕方ない。それに樹の名前が出てきたことも気になる。
奏の話を要約すると、こうだ。
懇親会で優人と奏は樹と、梨佳という女の子と仲良くなった。
四人で話をしているとき、優人が梨佳の恋人はいるのか質問したらしい。恋愛の話は盛り上がるし、優人に深い考えはなかったように見えたらしい。
梨佳は今はいないと答えた後、言ったらしい。
「私優人君に一目惚れしちゃった。」と。
なんとも積極的で勇気のある女の子だ。その積極性には純粋に尊敬さえ覚える。
そして重ねて聞いてきたらしい。
「優人君は、彼女いないの?」と、優人の彼女である奏の前で。
そして優人は言葉を濁してしまった。隣にいる奏が彼女ですとは、言い出しずらかったのだろう。
しかし、奏は激怒した。
奏だって新たにできた友達は大事にしたい。優人が言い出しにくいにのもわかる。だけど、優人には彼女だとちゃんと紹介してほしかった。それが奏の言い分だった。
優人の返事に彼女はいないもしくは上手くいっていないと思った梨佳は優人にアプローチを始めてしまった。そのアプローチに優人が困りつつもデレデレするのがさらに奏を苛立たせた。
そこで、別れてやる!との発言に繋がる。
その場に我慢できなくなった母は体調不良を訴え先に帰ることにしたらしい。優人は送ると言うが、梨佳が側を離れなかったらしい。
そのため樹が家まで送ってきてくれたらしい。
帰宅時、我慢できず泣き出した。奏に何かあったと察した樹は大丈夫か問いかけるが、奏が答えなかったらしい。
その代わり、告白をされてしまったらしい。