8 情報収集
母は父と別れると、私を連れて母の実家に帰った。
父はこの後講義が残っていると言っていた。本当のことなのだろうけど、ただ遠慮しただけなのかもしれない。
母も講義が残っていたかも知れないが、母はもう今日は終わったと言っていた。それが嘘か本当かは分からないが、母の優しさに甘える事にした。
樹と別れて、誰も知り合いがいない場所で両親を探す時間は体力だけじゃなく心まで疲れさせた。
例え私の知っている母の姿でなくとも今は母と一緒にいるのはありがたかった。
母の実家に行くと、私の知る姿より若い祖母がいた。
祖母は私を見るなり言った。
「なんで家出なんてしたの、莉桜ちゃん。お母さんもお父さんも心配していたわよ。言いたいことはなんでもはっきり言う子だったじゃない?いつもみたいに言えなかったの?まぁ、気持ちが落ち着くまではここにいるといいわ。空いてる部屋もあるし。しばらくしたら気持ちも落ち着くでしょ。」
なんと、ここでも鈴木桜で奏の従姉妹として自然と認識されていた。人の認識さえ変えてしまうということに恐怖を覚える。しかし、先程まで母と父をヒントもなく探し回っていた時の心細さを思い出すと、自分の居場所ができたことに安堵もしていた。
リリが何者なのかは分からないがこの状況は受け入れるしかないのかもしれない。
リリは不思議な人で、彼女の目的も信頼に足る人物なのかも正直分からない。
だけど、ここに私を連れてきたのはリリで、彼女は私を守るためにここに来る必要があるのだと言っていた。今は、その言葉を信じるしかないのかもしれない。要は母と父が結婚して私が生まれればいいのだ。自然とそうなるはずなのだから、私がなにかしないといけないということもないのではないだろうか?
私の部屋は母、奏の隣の部屋になった。もともとこの部屋は奏の兄が使ってた部屋だ。奏の兄は実家を離れて暮らしているため、今は空き部屋だった。そこを貸してもらうことになった。
「今日一生にいた人って彼氏?」
私は奏と二人になったときに探りをいれてみた。父と母の状況把握は必要だろうと思っての行動だった。奏の近くにいられるのだ、情報収集はそう難しくない。
私が問いかけると奏は照れもせずに肯定した。
「仲良さそうだったね。長いの?」
母と父は高校からの付き合いだ。高校で出会ったというのは聞いたことがある気がする。
「うーん、ちょっと前までは倦怠期って言うか。ちょっとけんかとっかが続いてて別れ話もでてたんだよ。傍目には仲良く見えるのかー。」
そう言うと、食後のコーヒーを口にする。
私はびっくりした。別れ話とは穏やかではない。
「そうなの?全然そうはみえなかったよ。」
そうして詳しく話を聞こうと思っていたが、奏はもうその話はしたくなかったらしい。
うまい具合に話を変えられてしまった。
それ以上聞くに聞けなくなってしまった。
このとき、少しの不安は覚えたがまだ楽観視していた。
状況が動いたのは私が奏の家に居候して2日がたったときだった。
奏はサークルの懇親会に参加すると、出掛けていた。母は中学生の時から吹奏楽部に所属していたので、その流れでサークルに参加したのだろう。驚いたことは優人も同様に吹奏楽のサークルに参加したことだった。娘の私でも聞いたことはなかったが、どうやら父は楽器を弾くことができたらしい。
優人が楽器の覚えがあるのか等はこの際どうでもいい。
私が奏の帰宅をで迎えたのはたまたまだった。
お風呂上がりに、玄関が開く音がした。祖父母は帰宅しており居候の癖に母の実家であるためすぐにこの家に馴染んだ私は奏を出迎えようとした。
「おかえり」と言うはずが、驚きのために別の言葉が飛び出していた。
「なんで?」
そこには嗚咽をもらしながら泣いている奏と、今後もう会うことはないだろうと思っていた樹がいたのである。