プロローグ
「これ以上の方法はないんだ」と、彼は言った。
いつもと変わらず優しげな表情で呟いた後、彼は私を見た。
彼の瞳に映る私はどんな表情だったのだろう、彼は一瞬瞠目した後瞳を閉じた。
彼の敬愛する祖父に「考え抜いて行動しろ」と幼い頃から教育されたと、依然話していた事を思い出す。
その教えに従うように彼は1つの答えを出すためにあらゆる可能性を考え緻密に計算してから行動する。
勿論自分の行動力も正確に理解しているから、彼の人生の中で計算が狂ったことはないのだ。
今までは。
彼は、初めて計算を間違えた。
いや、彼の計算ではその可能性も視野にはあったはずだ。しかしその可能性は限りなく低かったのだと思う。
一緒に研究していたのだから分かる。私だって同じように考えていたし、チームのメンバーも同様だろう。
彼の初めての計算間違いは大きかった。
大きく、全てを狂わせた。
そして、彼は全てをリセットすることを選択した。
全てを消し去る事が一番だと考えたのだ。
彼の決めたことを、私は覆した事がない。彼が考え抜いて決めたことを応援したかったし、彼が決めたことはいつも正しかった。
けれど彼の決断に、今回は納得出来なかった。
彼は全てを諦めたようだが、私は諦められない。
彼はきっと正しい。
私は間違っているのかもしれない。
それでも、私は彼を諦められない。
彼は気付いていない。私から、目を反らしたから。
私は絶対に目を反らしてなんてやらない。
「私は貴方が大好きよ。」
震える手で彼を抱き締めた。初めて抱き締めた彼は、私よりも震えていた。