馬車と王族と話し合い
ガヤガヤという喧騒で目を覚ますと、シルヴィの安らかな寝顔があった。
眠る前にこいつの笑顔を見たからか、懐かしい夢を見たな。
ベッドを降りて窓から村を覗くと、人だかりが出来ていた。
どうやら村人たちが集まっているようだ。
一応なにがあったか確認しておくか。
シルヴィを起こそうかと思ったが、気持ちよさそうにしている寝顔を見ていると起こすのも気がひける。
服を着替えて外へ出ると村の人は一様に街道をながめている。
何があるのか確認しようと人だかりに近づくと、がっしりした体つきの男が俺を見つけてこちらに駆けてきた。
「おう、ユーリ。ってなんだその寝ぼけたつらは。さてはまた徹夜か。シルヴィが心配するからほどほどにしとけや。」
「おやっさんこそ、酒をもうちょっと控えたらどうだ。シルヴィが心配してたぞ。」
「がっはっは!そりゃ無理ってもんだ。酒は俺にとって命の水だからな!」
「…シルヴィがお酒臭いお父さんは嫌いっていってたぞ。」
「なんだと!?…くう…しかし酒をやめるのは…だがシルヴィに嫌われるのは…」
相当ショックだったのか、うつむいてぶつぶつ言い始めていた。
この人はシルヴィの父親であるダグラス。
シルヴィが幼いころに妻を亡くし、男手ひとつでシルヴィを育てている。
職業は所謂傭兵であり、魔物の討伐や商人の護衛などを主としている。
一見危険な仕事だがおやっさんにとっては朝飯前といったところだろう。
何せこの人、普段は酒と娘大好きのダメオヤジだが、こと戦闘においては異常なほど強い。
以前ドラゴンを単独で討伐したという普通では信じられないような話を酔っぱらいながらしてくれたが、おやっさんならドラゴンくらい討伐できそうなので笑えない。
ちなみにシルヴィの剣の師匠でもあり、俺も少しだけ教えてもらったことがある。
「それよりみんな集まってるみたいですけどなんかあったんですか。それにあの馬車…。」
いまだに葛藤しているおやっさんに騒ぎの原因を聞くと、
「おう、そうだった!王室の馬車が突然来るもんだから村中驚いててな。こんななんもない村に王家が関わるとしたら…ユースティス様しかないだろ。」
「王室の馬車ね。まあじじいがらみだろうな。」
俺も街道の方を見るとまだ距離はあるが、豪華な馬車とかなりの人数の騎士の姿がみえる。
騎士が持っている旗には王家の紋章が入っており、ほぼ間違いなく王家の人間が乗っているのだろう。
このギール村は平和で長閑だが、これといって何もない。
王都からは馬車で2日とそんなに遠くはないが、かと言って王家が介入してくるようなことなど無いはずだ。
ただひとつ、大賢者ユースティスを除いて。
あのジジイが何を思ってこの村に住んでいるかはわからないが、まあなんでもいいか。
「それで、そのジジイは?」
「それが朝から誰も見てないらしくてな…。家にはいないのか?」
「さあ。研究室にでもいんのかな。ちょっと呼んでくるわ。」
あのジジイは一度研究室に篭るとなかなか出てこない。一緒に住んでいる人間としては迷惑なことこの上ない。
「おう、頼んだ。それとシルヴィを見かけなかったか。朝早くに出てったきり戻ってきてなくてな。」
「シルヴィならまだ俺のベッドで寝てるよ。」
シルヴィの所在を教え、すぐさま家に引き返す。
後ろで「えっ?ユーリのベッドに…?えっ?」とかまたぶつぶつ聞こえてきたがまあいいか。
家に帰るとまっすぐ書庫に向かった。
ジジイの研究室は書庫の奥にあり、扉は魔法で封印されている。
以前、忍び込もうとして封印を解除しようと思ったのだが、封印されている術式が全く理解出来ず諦めたことがある。
入れてくれと頼んだこともあったが、入りたければ自分で解除しろと言われた。
いつか解除してジジイが何をしているか暴いてやるつもりでいる。
「おい、ジジイ!外に王室の馬車が来てるぞ!さっさと出てこい!」
強めに扉を叩き続けると少し時間を置いて扉が開いた。
「なんじゃい騒々しい!少しは静かに出来んのか!」
「ジジイに客だよ。たぶん王家の誰かだろ。」
「はて、そんな話きいとらんがの。つまりわしには関係の無い話じゃ。」
「いいから早く行け。おれはジジイを連れて来いって言われただけだ。」
そういいながら追い立てると渋々といった様子で村の入り口へと向かっていった。
「ユーリ。なんかあった?」
自分の部屋に戻ると先ほどの騒ぎで目が覚めたのか、シルヴィがベッドの上で目をこすりながら聞いてきた。
「ああ、王室の馬車がこの村に向かってきてる。ジジイになんか頼みに来たんだろ。」
シルヴィは「そっか。」と興味なさ気にいうと、じっとこちらを見つめてきた。
長い付き合いだからな、お前が何を言いたいかなんてすぐわかる。
「はあ…。俺たちは昼飯にするか。用意するから着替えてキッチンに来いよ。」
目を輝かせていそいそと着替えだすシルヴィを置いて、何を作ろうか考えながらキッチンに向かった。
昼飯を食べた後、俺は机に向かい今朝ジジイに指摘された魔力から魔法への変換効率について考えを巡らせ思いついたことを紙に書き連ねていた。
シルヴィは剣の鍛錬のため外に出ている。
魔力から魔法に変換するのに最も効率のいい方法は、ロッドや魔術書などの媒介を使い詠唱を行うことである。
しかし、ジジイからはそのどちらも使用禁止が言い渡されており、使うことができない。
曰く、あんなものに頼っているようでは三流以下とのことだ。
なかなかいい案が浮かばずに、窓の外で剣の鍛錬をするシルヴィを眺めると、ひとつひとつの動きを確認するように剣を振るっていた。
細い体からは想像できないほど素早く鋭い剣筋に思わず息をのむ。
引き締まってはいるものの筋肉が多いわけではなく、むしろ細い方だとは思うのだがいったいどこからあの力が出てくるのか。
食事にしてもあの細い体のどこに入ってんだろうな。
そこでふと思いついたことがあったが、村の近くで実験は禁止されていてできないし、この案は保留にしとくか。
以前ちょっとした実験を失敗して大変な目にあったからな。
アイデアを紙に書き、必要な環境を補足して書いておく。
条件が整ったら実験してみるか。
その後、鍛錬を終えたシルヴィは家に戻り、俺は晩飯を終えてのんびりと本を読んでいた。
もう夜もだいぶ遅くなっているがまだ帰ってくる気配はない。
突然玄関が開きそこにはジジイ…ではなく、シルヴィが暗い顔をして立っていた。
「どうした。なんかあったか。」
「お父さんが帰ってこない。」
「おまえんとこもか。うちのジジイもまだ帰ってきてねえ。」
「なんか偉い人が村長の家でお父さんたちと話してるみたい。ユースさんも一緒。」
ジジイとおやっさんが一緒にいて、トラブルが起きるとは考えにくい。
当人たちがトラブルを起こしそうなのが問題だけどな。
「で。どうしてうちに来た。おやっさんの居場所わかってるならそっちに行けばよかっただろ。」
「ううん、それじゃだめ。」
「…はあ。今用意するから座ってろ。」
父親の所在が分かりながらなぜうちに来たのか。
理由は単純明快。晩飯をもらいにきたのだ。
「ほんと食い気ばっかだな。お抱えの料理人付けた方がいいんじゃないか。」
「む、ユーリは失礼。わたしだって昔より女らしくなってる。それに誰の料理でもいいわけじゃない。ユーリのがいい。」
「ああ、そうかい。」
若干げんなりしつつも、気を取り直しシルヴィの分も用意してやった。
「うん。やっぱりユーリのごはんが最高。」
いつかはこいつが作った料理を食べてみたいもんだ。
結局夜が更けてもジジイは戻ってこず、シルヴィと同じベッドで眠りについた。