月と涙と決意の日
初の戦闘描写です。
同時に飛びかかって来た黒ローブを探知魔法で捕捉しながら、タイミングを合わせてウィンドウォールを発動し、風圧で黒ローブどもを押し返す。
「貴様、魔術師。しかも無詠唱の使い手か。」
抑揚のない声で正面の黒ローブが言う。
他の黒ローブは動揺することなく目配せすると、今度は一斉にではなく一人一人が時間差で迫ってきた。
ナイフを振りかぶり、急所を狙ってくる。
だが、射程では魔法に敵うわけがなく、無詠唱のウィンドカッターでナイフを持つ手を切り落とす。
「ぐぅ!?」
呻き声を上げ一瞬動きが止まる。
その隙を見逃さず、首めがけてウィンドカッターを繰り出すと、狙いと寸分違わず首が飛ぶ。
「ヒッ!」
背後からシルヴィの短い悲鳴が聞こえるが、気にする余裕はない。
一人殺されたことで激昂するか動揺するかと思ったが、他の黒ローブは特に反応するでもなく向かってくる。
「チッ。」
思わず舌打ちしてしまった。
覚悟を決めて一人殺したが、包囲は変わらず敵意も削がれない。
背後から襲ってきたやつにウィンドカッターを飛ばしながら右側の二人に中級魔法のハリケーンを飛ばす。
背後のやつはナイフで上手くウィンドカッターをいなしたが、右側のやつらはハリケーンに対応しきれず、風に巻き込まれて上空に飛ばされて行った。
「シルヴィ!右側に向かって走れ!」
敵はまだ半数以上いるが、包囲に穴を開けることはできた。
なんとか村まで辿り着けばシルヴィの父親や、ジジイもいる。
黒ローブどもも弱くはないが、シルヴィの父親やジジイに比べれば雑魚もいいとこだ。
包囲に空いた穴を埋めようと他の黒ローブが動こうとするが、ウィンドカッターで牽制をして退路を維持する。
だが声をかけられたシルヴィは動こうとせず、あろうことか手で顔を覆いながらしゃがみ込んだ。
「やだやだやだ!どうせ逃げても捕まるんだ!もうやだ!もうどうにもできない!」
パニックを起こしたように泣き叫ぶシルヴィ。
シルヴィの背後から迫る黒ローブを攻撃しようと振り向くとしゃがみ込んだまま顔をこちらに向けたシルヴィと目があった。
「もう…いいよ。ユーリだけ逃げて。」
そう呟き涙を流しながら儚く笑うシルヴィを見た瞬間、俺はキレた。
「シルヴィ!てめえいい加減にしろ!」
怒鳴りながら周囲にウィンドウォールを全力で展開する。
黒ローブ達は余りの風圧に近寄れず、動きを止めた。
俺はシルヴィの胸倉を掴み至近距離で怒鳴る。
「さっきっから勝手にむりだとか決めつけて、勝手に諦めてんじゃねえよ!いい加減にしろ!」
「だってむりなものはむり!大人には絶対に勝てない!きっとわたしもユーリも殺される!ユーリだけなら逃げられるかもしれない!」
「だからお前を置いて逃げろってか!?ふざけんな!てめえ自分の命をなんだと思ってやがる!」
「わたしなんてどうせ何もできなくてなんの価値もない!わたしが死んでも誰も困らない!もういや…!何も考えたくない!諦めて楽になりたいの!」
瞬間、シルヴィの頬を思い切り叩いてやった。
よろめき、崩れ落ちながら叩かれた頬に手を当てて呆然とする。
「何も、しないままで、自分の価値を、決めつけるんじゃねぇ…!それに、誰も困らない、なんて、二度と、そんなこと言うんじゃねえ!」
怒鳴り続けて息が切れてきた。ウィンドウォールを全力で展開し続けているせいもあるのだろう。目眩がしてよろける。
それでもまだ、俺の怒りは収まらない。
「自分のために命を諦めるとか意味わかんねえこといってんじゃねえ!てめえが自分のために生きれないなら、これからは俺のために生きろ!俺の許可なく諦めてんじゃねえ!」
意識が朦朧としてきた。
もう自分でも何を言ってるのかわかんねえ。
ただ、自分で自分を諦めるなんて絶対に許せない。
「ユーリの…ために…?」
「おう、これからは、俺の、ために、生きろ…」
言いきった後、視界が白く染まり顔に衝撃を感じた。
どうやら倒れてしまったようだ。
魔力も底を尽きかけ、ウィンドウォールが解除される。
ゼェゼェと自分の息が頭の中で反響する。
敵はまだ5人。
こちらは体力も魔力もほぼない満身創痍。
だが、それでも俺は諦めない。
どこかに活路はないか、痛む頭を回転させる。
黒ローブ達は警戒しながら徐々にこちらに近づいてくる。
ふと、顔が誰かの腕に包まれた。
見上げるとシルヴィが涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それでも先ほどの弱々しさはなく、光の灯った目で俺を見ていた。
涙でキラキラと光る金色の瞳を見て、月みたいで綺麗だと場違いな感想を抱いた。
「わたし…これからは諦めない。ユーリがいいよって言うまで絶対に諦めない。」
そう言いながら、先程の消えそうな儚い笑顔とは違う、優しい笑みを浮かべた。
その瞬間、また視界が白く染まる。
しかし、先程のものとは種類が違う。
続いて周囲で爆音が響いた。
とてつもない音と光に目を瞑る。
数秒たって恐る恐る目を開くと、森であったそこは地面が掘り返され、鬱蒼と生えていた木々は木っ端微塵に吹き飛び、視界が開けていた。
俺たちの周囲だけが綺麗に。
魔法ひとつでこんなことができるやつは一人しか知らない。
空にはためく深緑のローブを確認し、唇を噛みながら意識を手放した。
勇者様はまだ出てまいりません。もうしばらくお付き合いください。