魔術師と幼馴染と時々じじい
「はあ…」
薄暗い部屋の中にため息が響く。
俺の目の前には緻密な魔方陣の中に横たわる魔物の死骸が転がっている。
「うーん…基礎理論は間違ってないはずなんだが…解析の視点を変えてみるか。」
ここは俺専用の研究室。
とはいっても石造りの壁と床、木製の棚に入ったさまざまな薬物の瓶、どこにでもある机といすしかない簡素な部屋だ。
いつものように自分の研究に没頭していたのだが、どうにも結果が芳しくない。
机の上に散乱している紙の中からまだ使用されていないものを引っ張り出し今回の解析結果を書き連ねる。
窓の無いこの部屋からは時間感覚が奪われ、どのくらいの時間が経過しているかは伺えない。
「小腹も減ったし、とりあえずなんか食うか。」
気分転換に何か食べ物を探しに椅子から立ち上がり、扉の方へ向かおうとすると扉が勝手に開いた。
「…ユーリ、起きてたんだ。」
開いた扉の向こうにはぼーっとした顔の少女が立っていた。
「シルヴィ、いつも言ってるだろ…。扉はノックしてからあけるのが常識だ。」
「ここはユーリの部屋。つまり私の部屋。自分の部屋にノックしてはいる常識はない。」
「ここ俺だけの部屋だからな!?」
なんだその暴論。無茶苦茶すぎる。
こともなさげに暴論を振りかざすこいつはシルヴィ。
黒い髪を首あたりで切りそろえ、金色の瞳は俺の顔をとらえたまま動かない。
小さいころから一緒に育った幼馴染だが、いまだにこいつが何を考えているのか読めない。
俺が言うのもなんだが顔の造形は良く、町の男からひっきりなしにお誘いが来るらしいがだいたいはこの無表情に撃退されている。力に訴えて連れて行こうとするやつもいるらしいが、それはさらに愚か者だ。
こんなにぼーっとした奴だが、こと戦闘においては信じられない力を発揮する。
大人が10人でかかったところで息も乱さず処理してしまうだろう。
そんなことを考えているといつの間に目の前に来たのか、シルヴィの顔が俺の視界いっぱいに映し出される。
「うお!?ちかい!?」
あわてて距離を取ろうとするが、速さでシルヴィには敵わない。
俺の肩をがっしりとつかみ金色の目で俺を覗きこんでくる。
「…ユーリ、また徹夜した。」
「嘘つくな…だってさっき夕飯食ったばっかりだろ。」
「嘘じゃない。ほら。」
そういってシルヴィが廊下の窓を指さすとうっすらと空が明るみ始めている。
「まじかよ…。」
「わたしユーリに嘘つかない。むしろ嘘ついたのはユーリ。」
嘘?俺なんか嘘ついたっけ?
「この前、徹夜したら身体に良くないから夜はちゃんと寝てって言った。そしたらユーリはわかったって言った。」
俺そんなこと言ったっけ。
そんな話した覚えすらない。
「…ユーリ覚えてない。ユーリひどい…。」
そういって無表情なシルヴィが悲しそうに顔を歪めだす。
「わ、わかった!もう徹夜はしない。夜はちゃんと寝るしこの話をしたこともしっかり覚えとく。それでいいだろ?」
あわててなだめようとするが顔の変化は止まらない。
金色の瞳に透明な雫が溜まりはじめる。
くそ…こうなりゃ最終手段だ。
俺は決心を固めると右手をシルヴィの黒髪の上に置き優しくなでる。
すると先ほどまでの顔が一変して、目尻を下げて頬を赤く染めた。
なんとかなったか。しかし相変わらずサラサラしててさわり心地がいいな。
それから数分、シルヴィの頭をなで続けるのであった。
数分なで続けるとシルヴィの機嫌はかなり良くなった。
そのシルフィを連れてキッチンへと向かう。
研究室にいた時には空腹も眠気もわずかしか感じなかったが、時間の経過を確認した途端に空腹と睡魔が容赦なく襲ってきた。我ながら都合のいい体だ。
食材を物色しながら何を作ろうかと思案する。
空腹はそれなりだが、徹夜明けだし軽めにしておくか。
初級の土魔法、サンドクリエイトでキッチンに備えられた砂場から鍋を生成する。
完成した鍋に今度は初級水魔法ウォーターで鍋に水を入れる。
そして初級火魔法のファイアで鍋の水を沸騰させていく。
後ろではご機嫌のシルヴィがテーブルにつきながら俺の料理する姿を眺めているのがわかった。
ってシルヴィも食う気か。
食材足りるかな…。
そんなことを考えながら初級風魔法のウィンドカッターで野菜や干し肉を食べやすい大きさにカットしていく。
鍋の水が沸騰したことを確認して、適当に切り分けた具材を放り込む。
そこでシルヴィが声をかけてきた。
「ユーリの魔法料理は相変わらずすごい。」
「お前もちょっとは練習しろ。」
「わたしは身体強化の無属性魔法しか使えない。そもそも複数属性を使えるユーリが異常。」
「そっちもそうだが、料理も練習しろって言ってんだよ。」
「それはできない。料理は作るものじゃなくて食べるもの。」
てめえ…。すがすがしいくらい言い切りやがった。
それはさておき、実際俺は大したことはしていない。
料理に使った魔法は全て初級のその中でも一番最初に教えられる基礎的なものだ。
ただし、人には得意属性と苦手属性があるらしく普通の魔術師は1属性。才能ある人間は2属性。人間として最高位でも3属性までが限界とのことだ。
属性は火、水、土、風、雷、無、光、闇の全部で8属性があり俺はそのうちの5属性を使える。
これだけ聞けばすごいことのようだが、大事なのは魔法をどのレベルで使うことができるかだ。
戦闘の際に選択肢の幅は広がるが、威力が低ければ何の意味もなさない。
そんなことを考えていると鍋からいい匂いが立ち上ってきた。
それに反応してグルルーっと腹が鳴る。
むろん俺ではなくシルヴィの。
調味料で味を調え、サンドクリエイトで食器を作り出しそこに具だくさんのスープを入れてパンの入ったバスケットを出し二人で食べ始める。
よほど腹が減っていたのかシルヴィは頬をパンパンにしながらスープとパンをものすごい勢いで食べている。
「ユーリ。おかわり。」
「自分でやれ。」
どんだけ図々しいんだよこいつ…。
「なんじゃおぬしら。ずいぶんと早い朝食じゃのう。」
朝食をとっているとしゃがれた声が耳に飛び込んできた。
「なんじゃ。シルヴィちゃんが来ておったのか。」
「…おはよう、ユースさん。お邪魔してます。」
シルヴィが口の中に入っていたものを一気に飲み込み挨拶をする。
「おはよう。して青ガキ、わしの食器も出してみろ。」
俺を挑発するような口調で、食事の用意をさせるこいつが育ての親であるユースティス。
うねるようなウェーブのかかった白髪に長く伸びている口髭に深緑のローブ姿はまさに物語の中の賢者が飛び出してきたような恰好だ。
実際に魔術師としては世界最強との呼び声が高く、深緑の賢者などと巷では呼ばれている。
その細く小さな体からは想像できないようなプレッシャーを放っており、こいつの使う魔法は俺の数倍は強力である。
ちなみに青ガキとはおれのことである。青髪青目であることと若造であるという皮肉を込めたダブルミーニングだ。腹立たしいことこの上ない。
俺はユースを軽く睨んだ後、目を閉じて全神経を魔力に集中させる。
たかが初級魔法、されど魔法。
同じ魔法でも術者の魔力や錬度によって生じる結果は大きく変わってくる。
体内にある膨大な魔力を研ぎ澄まし、より純度を高くしていく。
「ウーイ。ふゅふぉい…。」
シルヴィが感嘆の声を漏らしていた。食いながら。
ちょっとげんなりしながらもその魔力をそのまま、砂で皿を生成に使用する。
「おっし。今日のやつは自信作だぜ。」
サンドクリエイトで生成した皿をユースが座ったテーブルに置く。
今回はなかなかの出来だ。
「ふむ…。」
皿を差し出されたユースは数回ひげをしごくと、手早く魔力を手に集め始める。
そして集めた魔力を砂場の方に向けると砂が動きだしユースの手にナイフを生成する。
それをゆっくり皿に近づけていき、皿の縁に当てる。
と、そのナイフに力を入れると皿がバターのように切れていく。
「ふん!なんじゃ!こんなものか!」
途端にユースから怒鳴り声が飛んでくる。
こっちはこっちでかなり落ち込んでるんだが。
まじかよ…。
「魔力の精製まではよかったが、それを魔法に変換する過程がなっとらん!どれだけ洗練された魔力であろうがそれを力に変えられなければ話にならんわ!」
サンドクリエイトは初級であるがゆえにすでに研究されつくしており、これ以上魔法に改良の余地はないとされている。簡単な術式であるから当然であるが。
つまり術者の腕が一番出るのが初級魔法ということだ。
くっそ。
今からでも研究室にこもってよりスムーズな魔力変換の方法を考えるか…。
「ユーリ。ご飯食べたらわたしと寝るの。徹夜明けだと集中力が続かない。今日は一緒に休むの!」
珍しく語気を強めてシルヴィが言う。
シルヴィがいうことももっともか。
悔しいが、今日は休むとしよう。
「ところで青ガキ。わしの朝食を頼む。」
先ほどまでの怒気をひっこめ、しれっと朝食を要求してくる。
「はあ…。皿は自分で用意しろよ。」
まだへこんでいるので俺が用意する気にはなれない。
ユースが用意した皿を受け取り鍋の方に向かう。
が、鍋の中は綺麗に空であった。
シルヴィをみると満足そうに口を拭っていた。
はあ…。