青き、球体
その日のうちに、俺は森へと向かった。
ギルドのおっさんに一度ポイズンダガーを見せびらかしてやろうかとも考えたが、そんなことをしても何も得られるものはない。
俺は今、少しでも多くの金が欲しい。
そのために、まずはスライムを討伐せねば。
手始めにゴブリンが立ちはだかる。
念のため持ってきているショートソードでも余裕で倒せる相手だが、ここは敢えてポイズンダガーを使おう。
俺は手に持っていたショートソードを木に立て掛け、腰にしまってあるポイズンダガーを抜く。
初めて見る刀身は、紫色の如何にも毒々しい靄のようなものが覆っていた。
「ゴブリンちゃん、君が第一号だぜ」
俺は振り下ろされる棍棒を上手く躱し、ゴブリンが棍棒を持つ右手を斬る。
切れ味は普通だったが、驚いたのはその直後だった。
切断するまでに至らなかったゴブリンの腕は、ブクブクと膨れ上がり、弾け飛んだのだ。
そしてゴブリンは力なく倒れて煙になった。
…あまりに一瞬の出来事だった。
「これは…」
危険な武器だと、一撃で理解した。
触れただけであの威力…威力と言うか効果。
毒、恐るべし。
その後もポイズンダガーを駆使して魔物を殺していく。
どの魔物も一度斬っただけで、そこから膨れ上がり、弾け飛ぶ。
正直煙になって消えてくれるからまだ良いが、普通に肉片として残ってたらやばいな。
想像しただけで寒気がする。
ただ俺の目標はあくまでスライムだ。
既に日も落ち始めていた。
未だにスライムの姿は見えない。
なんだかんだ3時間近く森の中を彷徨っているような気がするが、スライムの影すら見えない。
「出現する時間帯とか決まってんのかな…」
ドロップ率は85%でも、遭遇率85%とはいかない。
当然だが、少し残念だ。
結局、その日は日も完全に落ちてしまった。
俺は断念してマイホームに戻る。
明日こそは必ず…。
翌日も朝から晩まで森を散策したが、スライムは見つからなかった。
出会うのはゴブリンだの犬だのウサギだの蜘蛛だのばかりだ。
おかげでアイテムは溜まる一方。
その間も、肉や毛皮など使えそうにない物や有り余ったものは、依頼をこなして消費していった。
ポイズンダガーを手に入れて三日、俺は朝から森にいた。
手始めに寄ってきたゴブリンを殺すと、奇妙な音が聞こえてきた。
ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん
最初は水滴が滴る音か何かかと思ったが、それにしては重量感のある音だった。
俺は耳を研ぎ澄ませる。
音は段々と近くなり、やがて、木の陰から姿を現した。
「見ィィィィつけたぁぁぁぁ!!!」
現れたのはスライムだった。
真正面からしっかりと見たのは初めてだった。
やはりイメージよりも遥かにでかい青い球体だ。
直径は2メートルくらいか。
スライムは俺に気付くや否や、ものすごいスピードで突進してきた。
横に上手く躱す。
「重量級のスピードじゃねえだろ!」
スライムは間髪入れずに突っ込んでくる。
俺はポイズンダガーを握りなおす。
突っ込んできたところを躱すと同時に、体に切り込みを入れてやる!
ギュムギュムという肉厚な軋みの直後、スライムは木を薙ぎ倒しながら突進してきた。
僅かに足元を滑らせたが、何とか躱す。
そして、スライムの体にポイズンダガーをかすめた。
その瞬間、スライムは激しい音を立てて飛散し、煙と化した。
「……倒した?」
その場には、倒れた木々、6000ゴールド、そして青色の丸い球体がドロップしていた。
その球体の正体こそ、無論、スライムボールであった。
「っしゃぁぁぁぁ!!!」
苦節3日。
短いようだが体感ではかなり長かったようにも思える。
俺はスライムボールを丁寧に拾った。
意外と硬く、弾力があった。
これで、莫大な資金が入るはずだ。
さっそくギルドに向かった。
ポケットから出したスライムボールを、他の冒険者にばれないようにこっそりとおっさんに見せる。
「うおっ!お前―――――」
「しーっ!」
俺はおっさんの口元に手を当てる。
「苦節3日で手に入ったぜ。ポイズンダガーで切り込みを入れたら一瞬だった」
「ポイズンダガーは毒の”魔法”だからな。スライムには有効ということだな」
「さて、そこでおっさんには聞きたいことがある」
おっさんは表情を変えずに俺を見つめる。
「このスライムボールは…スライムボールとして売るのと、陶器にして売るのではどっちが高くつく?」
「そうだな…取引相手によるな」
「というと?」
「取引相手がアイテム商とか雑貨商とかだったらスライムボールのままの方が高いだろう。陶器だったら陶芸商に売った方が高いな」
うむ…。
ただよく考えてみれば、陶器にするんだったら陶芸家の所に行く必要がある。
そうなると、これは俺が作ったんだ!とか言って、そのまま陶芸家に陶器を保有されるなんてことも考えられる。
「…アイテム商ってのがいるんだな?」
「おう。主に魔物からドロップしたアイテムで商売をしている奴らだ。ただ、売り込むんだったら金をもってそうな奴に売り込むのが定石だぜ」
「そのくらいは察しが付く。どこに行けば会える?」
「…俺のおすすめのアイテム商を紹介してやろう」
そう言われ、俺は地図を渡された。
「何の地図だ?」
「コルグの地図さ」
「コルグ…?」
「この街の名前だよ!まさかアユム、知らねえで住んでたのか…」
「いや知ってたさ、知ってたけど知りすぎてて忘れてたんだよ」
あやうく”転生者グセ”が出てしまった。
いい加減この辺の駆け引きも上手くなりたいな。
「赤く塗られてんのがこのギルドだ。んで、青く塗られてんのが例のアイテム商の家だ」
「なるほど、これ借りていいか?」
「くれてやるよ」
俺はおっさんから地図を貰った。
歩くこと5分弱。
目的のアイテム商の家に到着した。
「うほぉ…」
なるほど、確かに金は持っていそうな家だ。
この街…コルグでも有数の…と言ったところか。
元の世界にあっても見劣りしないような美しく巨大な家だ。
見た感じ3階建てか…。
「イーデム・オルオッカム…」
一人暮らしか?
「ぬぬ、客人ですかな?」
後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこには、如何にも金持ちそうな男が立っていた。
細い目に脂肪の多い腹だ。
頭にはターバンのようなものを巻き、黒いひげを生やしている。
なんというか、俺の中の金持ちの典型だ。
「あ、イーデムさん?」
「そうだが、君は誰だね?」
「えっと、ギルドのおっさんから紹介されたんだ。あの、スキンヘッドの」
「バングか」
あのおっさん、バングとかいう名前らしい。
と言うか名前を知らなかったな。
イーデムは黙って玄関の扉を開けた。
「まあ入り給え。私の所に来たということは、取引アイテムか金は持ってきたということだろう?」
「ああ、まあ」
家の中は驚くほど豪華絢爛だった。
シャンデリアなど当たり前、巨大なソファに小さな噴水。
吹き抜けになった1階と2階部分はもうなんというか広い、とても広い。
植物の良い匂いも漂ってくる。
「で、何を持って来たんだね?」
イーデムはソファに腰かける。
俺も流れで座ってしまおうかと一瞬思ったが、殺されそうなので立ったまま。
「…これだ」
「ほう、スライムボールか。それも採れたてと言ったところかな」
「そんなことも分かんのか」
「私を誰だと思っているんだね?…どれ、見せ給え」
俺はイーデムにスライムボールを与える。
イーデムはそれを目に近づけて見たり、においを嗅いだりしている。
「うむ。やはり上玉だな。…2万ゴールドと言ったところかな」
「え?」
「なんだね?」
ニマンゴールド?
俺が魔物を倒し続けて1日で稼げる金額より少ないぞ?
「嘘つくな、もっと高いだろ」
「いやぁ、1個じゃ2万が妥当だね」
くっそ、なんかムカつく。
もちろん2万ゴールドでもうれしいにはうれしい。
だが、奴隷を買うには足りない。
「……ん?」
イーデムは何かを見ている。
その目線の先にあったのは、俺の腰につけてあるポイズンダガーだった。
「その短剣は、随分上玉だな」
「ポイズンダガーだ、知ってんだろ?」
「それは危険だ。だがそれほどの上玉と合わせてなら、20万ゴールド払ってやろう」
20万ゴールド。
大金だ。
「…悪いけどそれは無理だ」
「なぜだね?20万もあれば他に良い武器も手に入るぞ?」
「そうかもな。でもこれは、俺が冒険者になって初めて得た成果なんだ。だから簡単には手放せない」
イーデムの目を見て言い放ってやった。
この短剣は渡せない。
すると、イーデムは高い声を上げて笑った。
「ハッハッハッハッハ!いいだろう!お前さんなかなか面白い!それに駆け出しの冒険者がスライムボールを手に入れるとはなかなかのものだ」
「はは、そうっすかね」
「バングの知り合いか。…いいだろう、18万ゴールドでスライムボールのみを買い取ろう」
「ほんとか!?」
「次はもっと良い物を期待しているよ」
「さっすがイーデム!見かけ通り太っ腹だな!」
俺は軽く失礼なことを口走り、イーデムから18万ゴールドを現金で受け取った。




