(6)ナナミ
ステージが終わって、化粧を落とし、着替えも済ませて携帯を何気なく見ると、リュウから着信があった。それも十二回。
いったい何があったんだろう。もともとしつこい性格ではあったけれど、十二回ってフツウじゃない。
あわてて、こちらからかけてみた。
「いったいどうしたんですかあ!?」
今にも泣き出しそうな声が、耳に飛び込んできた。リュウの声は、男にしてはカン高い。
「どうって…人と会ってただけよ。大事な用だったから。」
「人って誰ですか。大事な用って?」
「オペラ団の人達と、次の公演の打ち合わせよ。」
あたしは、嘘をついた。クラブシンガーの事は、ばれちゃ困る。何を言い出し、やらかすか、わかったもんじゃない。
「いま、どこにいるんですか。」
「新宿よ。これから中央線乗って帰るわ。」
「えっ新宿…じゃあ、一時間はかかりますね。」
あたしは、いやな予感がした。
「ねえ、あなた今どこなの?」
「僕、国立です。あなたの家のすぐ近く。」
「何ですって!?夜勤じゃなかったの?」
「後輩に替わってもらいました、どうしても会いたくなったから。」
「でも、うちの近所には来ないでって、あれほど言ったじゃないの!」
「だって、だって、全然電話に出ないから心配になるじゃないですか。だから、あなたの家に行ってみたら明かりがついてたから、いるのかなって思って電話しても出なかったし…でも、自宅の電話には絶対かけるなって言ってたから僕、必死でがまんしたんですよ。」
「あたり前でしょ、そんなの!」
あたしは思わず大声をだしてしまったが、新宿の雑踏は何もかも呑み込んで知らん顔をしてくれる。
「僕、今から新宿行きます。」
「いいわよ、来なくていいわよ。」
「でも、一目会わなきゃ、どうしようもないじゃないですかあ。」
「なにが?」
あたしはわざと冷酷な声を作って、聞いた。うれしさに、ぞくぞくする。
「えっ?だから…僕の気持ちですよ…」
あたしはため息をついた。こうなるともう、どうしようもないのは、あたしも分かっていた。言い出したら、絶対後には引かないのがリュウだ。うれしいのは、すごくうれしいんだけど、ここまでくるとちょっとうっとおしいというか、恐くもあるというか…ああん、もう!
結局、リュウは譲らなかった。て言うか、すでに中央自動車道を走り始めているという。警官のくせに、携帯でしゃべりながら運転していたなんて、勝手なやつ。
警官って、なんだか全能感があるみたいだ。自分は何をしても許される、みたいな。時々鼻につくけれど、警官とつき合うと得をするような気もして、あたしはまあ満足していた。
あれからあたし達は、歌舞伎町のラブホテル街へ行き、泊まった。
ラブホなんて、若い時にはほとんど行くことはなかったけれど、今はかなり進化して居心地のいい所になっている。あたしはリュウにすすめられるままに、ハンバーグ定食とピザを食べて、いらいらした気持ちが落ち着いた。
その夜は、二人とも興奮していたけれど、リュウは特に燃えて、あたしを攻めに攻めまくった。
セーラー服を取り寄せて、おまわりさんやめてと言わせて喜んだり、フリルのついたビキニの水着を着せてみたり…。
水着は、本当はいやだった。サイズが合わなくて、子供用のじゃないかと思うくらいにきつきつだったからだ。ブラの部分は乳首をかろうじておおうだけだったし、ショーツは肉がはみ出て見えなくなってしまって恥ずかしかった。でもリュウは、そこがたまらないんですようと言って、雄叫びを上げて飛びかかってきた。
これが、倒錯的な歓びというものなのかしら?
いいえ、倒錯なんかじゃない、今このときのあたしは、男の欲望を沸き立たせる、キュートでセクシーでグラマラスな若い若い娘なのだから、こんな風になるのはとても正常な成り行きなのだ――そう思うことで、あたしはようやく自分の快楽を完璧なものにした。
リュウは、決して上手ではない。あたしに出会うまでは、童貞だったのだ。
それに、少し早漏気味でもあった。カンナに言わせると、少しどころじゃないよということになるのだけど、本人は根がのん気なのか厚かましいのか、全然気にしている風でもないし、まあ三、四回に一回はうまくいくので、あたしも放っておいた。
その夜の盛り上がりは、まるで歌舞伎町全体に蔓延するみだらな空気に感染したせいだとしか思えなかった。いつもは、されるがままになっているのだけれど、その日のあたしは積極的に腰を動かし、はしたない声を枯れるまで上げ続けた。そしてリュウは、ナナちゃんナナちゃんと何度も叫び、都合八回放出し、やっと浅い眠りについた。