(5)カンナ
二人のコールガールが、仕事に出た。
あたしは開け放していた窓を閉めた。ナナミの匂いは完全に消えていてほっとした。
彼女自身に消えない体臭があるわけではない。でも、彼女はあまり風呂に入らないか、入ってもきちんと洗っていないかのどちらかだと思う、常に汗と皮脂の匂いを発散させていた。いつも髪は脂っぽい湿りけを帯びていたし、あの体格だから、年中汗をかいているのだ。今日も、冬のさなかだというのに暑い暑いと言いながら、やって来た。
冬はまだいい。夏は時々、耐え難い悪臭を放つことがある。よくもまあ、リュウなる青年はあんな女を抱く気になるもんだと思うけれど、デブ専の男にとっては汗も皮脂も媚薬になり得るのかもしれない。変態の入った田舎コップ。
この仕事では、変態の客は扱わない。もちろん、人間の性的嗜好には、極論すれば何でもありなのだということは分かっているつもりだった。が、一定レベル以上の女達を日常的に見ている身としては、リュウと出会ってからのナナミの天高く肥える舞い上がりっぷりを、どうしたってせせら笑いたくなってしまう。そして、自己嫌悪のお時間がやってくるのだ。
矛盾していた。夫を委託殺人で殺しても、罪の意識なんてなかった。むしろ、汗と皮脂もおかまいなしにナナミに抱きついて、ヒステリックに喜んだ。
夫を殺して狂喜する女が、友人をこっそりくさして苦い思いで後悔する――大いに偽善的だ。
保険金のほとんどは、麻記子への謝礼と借金の返済で消えた。でも、あたしには仕事が与えられた。畳の上では死ねない業界入りして、体を鍛え始めたのは滑稽だった。あたしはやせていて、体力がない。しょせん女では、そしてこの年では格闘技もおぼつかない。それでもジム通いをして筋トレに励み、銃の訓練には力を入れた。
仕事は熱心にやった。成果を上げて、麻記子を満足させた。それだから、敵対する組織からは脅しも受けた。襲われたこともあった。レイプ未遂といくつかの軽い怪我、合間の男友達との憂さ晴らし。ナナミの知らない、剣呑にして猥雑な黒い夜々。
そんな毎日を送ってでも、あたしは子供を思うように育てたかった。私立学校は金がかかる。
矛盾と見栄とエゴの塊である自分――結局あたしとナナミは、よく似ていた。いや、女衒なんかをやっているあたしの方がたちが悪い。
鏡を見た。
粒子の荒い、下手な写真に撮られたような皮膚と、乾燥した髪、口角の下がった唇。
内面の荒廃が、そばかすと一緒に浮き上がっていた。
ふいにあたしは、ナナミの顔を思い浮かべた。
ナナミの顔立ちは、決してわるくない。なかなか可愛いと言える顔をしている。問題は、本人が思っているほどには劇的に人を魅きつけるところまでいっていない点だ。
あたしは、自分の顔にナナミの顔を重ねてみた。笑うと、中華街で売っている花巻のようになるあの顔…突然、笑いの発作に襲われた。
一人、気の狂ったようにあはあは笑いながら、あたしは口に出していた、いやだよう、イヤダヨウと。
やっぱり膨張した小麦粉食品の顔にはなりたくない。