(4)ナナミ
クラブで歌うのは、大切な仕事だ。
あたしは音大で声楽をやって、今はあるオペラ団に所属している。でも、クラシックの世界は厳しい。稼ぐどころか、持ち出しの方が多いくらいだから、金田麻記子から、自分のやっているクラブで歌わないかと誘われたのは本当にラッキーだった。
金田麻記子は、カンナのボスだ。新宿のコリアンマフィアの中では、今もっとも成長株の組織の影の支配者らしい。
でも、あたしとカンナが麻記子と知り合ったきっかけは意外にも、これまた無原罪の聖母学園の生徒保護者になった事だった。あたし達の娘は入学して三年間同じクラスで、特に仲が良かったわけではないけれど、麻記子はなぜかカンナを気に入ったようで、よくあたしも込みでお茶や食事に誘われた。ふだんあたしは、カンナと親しくなりかかっている人間を見つけると、妨害し遠ざけるようにしている。カンナが、参観日や運動会なんかで他の母親達と談笑しているのを見つけると、飛んで行って割り込んでやった。そして、会話の主導権をむりやり奪っちゃうのだ。そうやってあたしは、カンナにあたし以外の友達が出来ないように目を光らせてきたけれど、さすがの麻記子には出来なかった。だって、怖いんだもの。
あの頃、カンナには秘密があった。夫の借金と暴力に苦しめられていたのだ。アルコール依存症にもなりかかっていた。そしてカンナはついに麻記子に泣きついたあげく、保険金殺人をやらかした。麻記子の手下による、交通事故にみせかけての完全犯罪だ。邪魔者を片付けたカンナは麻記子の部下におさまり、うんと高級な売春組織を仕切っている。早い話が、やり手ババアだ。人殺しの後は、やり手ババアだなんて最悪だ。
カンナは今、やけに生き生きと働いているけれど、あれは完全に負け組だ。だって、いくら元はお嬢様で有名大学卒で、少しばかり美人でやせてたって、悲惨な結婚生活に耐えられなくなって犯罪者に成り下がるなんて、そして男もいない中年女なんて、本当は生きてる価値などないのだ。
まあ、それだからあたしは、カンナといて時々感じる得体の知れないコンプレックスを優越感に変えられるようになったんだけど。今はもう、圧倒的なあたしの勝利。あたしはプリンセスでカンナは、ばあやさん。そしてリュウは、プリンセスに恋する下級の騎士ってとこかな。
さあ、ステージの時間だ。ステージ衣装を着たあたしは、夢の国のお姫様。宝塚のスターもかすむくらいに可愛くて、きれいだ。なんで若い時にアイドルデビューできなかったのか、いまだに不思議でしようがない。
ここでのアルバイトは、リュウには内緒だけれど、気持ちよく歌えてお金もたくさんもらえる。あたしのファンのじじい共も、たくさんいる。何よりも、麻記子の顔に泥を塗ったら、それこそ殺されるから、あたしは歌う。心をこめて客を楽しませる。
男も大事だけど、やっぱり歌はあたしの生きがいなのだ。