(3)カンナ
ナナミと入れ違いに入ってきたコールガールの悠里は、振り返りながら、
「相変わらず、すごい格好してますねえ。」
と言った。もう一人のコールガールのメグは、鼻で笑っただけだった。
悠里とメグは、うちのトップを二分する売れっ子だった。二人とも、プロのモデルに負けないだけの美しさを持っている。
「永遠の十八才なんだから、しようがないわ。」
あたしは肩をすくめた。
「冗談きついですよぉ。あ、これ全部あの人が食べたんですかぁ。」
そう言うと、悠里はマクドナルドの紙袋に乱暴に突っ込まれた包装紙やフライドポテトの箱を指さした。
「まさか、あたしも食べたわよ。メガマック一個。」
「でも、メガマックの紙四枚も…わぁポテトの箱三つもあるじゃないですか〜、しかもLサイズ!」
横で腕組みして黙っていたメグが、げらげら笑い出した。あたしもつられて、苦笑する。
「悠里ちゃん、そんなごみさらいみたいなことしなくても…」
「ね、マネージャー、あの人体重どのくらいあるんですかぁ。」
「知らないわ。聞けやしないわよ、そんなこと。」
「あれだけんなると、もう隠す必要もないと思うけど。」
メグが、ぶっきらぼうに言った。
あたしは首を振った。
「彼女、あれでとっても繊細でプライドも高いのよ。それに随分もてるみたいだし。」
メグがまた、笑った。今度は爆笑に近い。
「マジかよ〜、超ウケるんだけどお。」
「でも、彼氏もちゃんといるのよ。」
「二次元彼氏だよ。」
「彼氏の周りの人達からも、こっそり口説かれたって聞いたわ。」
あたしはナナミに、リュウの上司の警官や、友達の消防士からしつこく言い寄られて困っているのだと再三聞かされていた。
「嘘ですよ、そんなの。嘘じゃなきゃ妄想ですよぉ。だってあの人、絶対八十キロはいってますってば。」
悠里が口を尖らせた。メグも頷く。
「マイクロのチラシとかにさぁ、八十キロくらいの女の写真よく載ってんじゃん。ちょうどあれくらいだったんだよねぇ。」
「せいぜい七十キロちょいってとこじゃない?」
あたしの言ったことを、二人ともスルーした。
「ま、運良くデブ専の男つかまえて彼氏ができたとしてもさぁ、それで満足してりゃあいいのに、まだ男欲しいわけ?どうかしてるよ、あの人。」
「そうそう。それに、あの人には気をつけた方がいいですよぉ。あの人、前にいたアシスタントの那美さんのこと、すごい悪口言ってたし、那美さんにはマネージャーのこと悪く言ってたもの。それって根性わるくないですかぁ。」
「うん、那美さんはよかったのにさ。」
あたしは、二人に微笑んだ。
「知ってたわ。」
あたしに近付いたり、親しくしようとする人間を発見すると、彼らがいかにあたしを欺こうとしているかを力説し、徹底的にこきおろすのがナナミの習性であることに、あたしはとうに気付いていた。それは、無原罪の聖母学園の生徒保護者同士としてのつきあいを始めてから間もなくの事だった。ナナミが、何としてもあたしを独占したいからなのだという事はわかったが、だからといって、病的なまでに度外れた執着を示した訳でもないから、あたしも自由に行動してきた。ナナミの知らない事は結構ある。
「マネージャー、気付いてたんだぁ。」
「そりゃあわかるわよ。」
「さすがだね。」
「この街でこの稼業よ。それくらい何でもないわ。」
あたしは、もう一度二人に微笑み、二人も共犯者めいた笑い方を送って来た。あたし達の方が、よほど根性が悪いかもしれない。