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(12)ナナミ

 「こうするしかないのよ。」

 カンナは、何かに耐えるような調子で言った。

 そんなこと、言わなくてもいいのに、と思った。麻記子のような人間と関わった時から、いつかこんな日が来る、と覚悟していたのはあたしも同じだったのだから。

 「このまま生かしておいたら、あたし達は絶対に災厄に巻き込まれるの。あいつ、ここのところ姐さんのことをかぎ回ってたみたいで、学校まで行ってるのよ。無原罪の聖母の中学校前に相模ナンバーの白いカローラが何度か停まってたって情報が入ってきてたわ。まあ、さすがに神奈川県警の名前で学校に乗り込む事はしなかったみたいだけど、とにかく、あの男にかき回されたら姐さんは怒り狂うだろうし、あたし達はひどい事になる。」

 とくに、あなたは保険金殺人がばれると困るもんね、とあたしは心の中でつぶやいた。

 「始末は、こちらにまかせて。あなたは直接関わらなくていいわ…」

 「いいえ」

 あたしは、さえぎった。

 「あたしにやらせて。」

 その時、玄関の方にいた例の大男がカンナの腕をつかんで、物陰にカンナを引っ張った。

 なにごとかと思う間もまく、ドアが開き、リュウが飛び込んで来た。

 ロープから解放されてコートを着ているあたしを見て、顔色を変える。

 「何してるんですかあ!?」

 あたしは両腕をつかまれた。カンナと大男は、息を殺してこちらをうかがっている。

 「逃げるつもりだったんですね!?」

 リュウは、平手打ちであたしを叩き、衰弱していたあたしはよろけて畳の上に転がった。そんなあたしに被いかぶさると、リュウは再び殴った。何も言い返すひまを与えず、数発続けざまに殴り、あたしは激痛とともに口の中いっぱいに血の味が広がるのを感じた。

 あまりの苦痛にまたぞろ気を失いかけた時、突然リュウの動きが止まり、一瞬激しくのけぞると、あたしの上にどさりと倒れ込んだ。

 大男がリュウの片腕を後ろにねじりあげると同時に、目盛りをほぼマックスに近い状態にしたスタンガンをカンナが押し当てたのだった。

 「こいつがナナミに使ったのと同じ物よ。」


 真夜中、完全に人気がなくなるのを待って、あたし達は外へ出た。

 ここから後の事は、悪夢の中こ出来事としか言いようがない。

 カンナと麻記子の手下の洪は、あらかじめ場所を決めてあったらしく、あたし達は丹沢の山奥へ分け入り、リュウの乗った車ごと崖から突き落とした。

 誰がやった、というのではない。カンナと洪、そして衰弱しているとはいえあたしも加わった三人の共同作業だった。

 終わった後、あたしは草むらの陰にしゃがみ、吐いた。吐く物はほとんどなかったから、苦い胃液ばかりが出た。そうやって、胃液を放出しながら泣き、涙にむせて咳き込み、また吐いた。

 ひとしきり吐き終えたところで、カンナが冷えたミネラルウォーターのボトルを差し出し、口をゆすぎ水を飲むと、少しだけ落ち着いた。

 しかし今度は、すぐに悪寒が襲ってきた。ふるえがとまらない。

 がたがたふるえるあたしを抱くようにして車に乗り込んだカンナは、深いため息をついた。そのままじっとしていたが、自分の頭をガン!とサイドウィンドウに打ち付け、わけのわからない言葉をつぶやいた。

 それから、洪に合図し、車がゆっくりと動き出した。

 高速道路に入るまで誰も一言も口をきかず、ただフォーレの歌曲だけが流れていた。あたしがカンナにプレゼントしたCDだ。

 神奈川県を抜けた時、あたしは窓に頭をもたせかけたまま、つぶやいた。

 「また新しい男を探すわ…」

 カンナは無言で前方を見つめていた。

 彼女にあたしの心はわかるまい。

 あたしはカンナに感謝すべきなのか、憎むべきなのかわからなくて、奇妙に高ぶった感情と重苦しい罪悪感の間で激しく揺れ動いていた。今吐いた言葉も、あまり意味のないものだったように思うけれど…よく分からない。

 あたしは、カンナの横顔を見つめた。

 百年くらい生きた老婆のような顔。インカ帝国の石像みたいだ、と思った。

 ふいにあたしは、カンナを許せるような気がした。

 これは、女であって女ではない。強靱ではあっても、病んだ精神と骨と薄っぺらな肉だけで出来ていて、ミルクやマシュマロのような甘美さとはとうに縁の切れた哀れな存在なのだ。

 彼女の目の下のくまが以前にもまして濃くなり、白髪も増えているのに気がついた時、あたしは完全に彼女を許した。

 うつろいやすい、見せかけだけの人工美。

 あたしの生まれつきの、なかば永遠の愛らしさ。

 カンナが突然、口を開いた。

 「こんな事、いつまで出来るかわかんないわ。あたしもいい年だからね。」

 そう言うと、あたしを横目で軽くにらみ、歯を見せて笑った。思いがけず少年のような笑顔で、だけどどこか麻記子に似てきたようにも思う。

 あたしは、

 「ディープなセックスを味わったの。」

 と言い、付け加えた。

 「あれって、究極だったと思うの…」

 カンナは、少し考えてから、言った。

 「明日からは、ディープなライフを生きるのね。」

 あたし達は顔を見合わせた。

 声を立てずに、笑った――かすかに涙が、滲んだ。



                   END 


 シリーズの1が未完なのに、急に思い付いて2を書いてしまいましたが、楽しんで頂けたでしょうか。早く1を完結させなくては、と焦っています…とりあえず読んで下さり、ありがとうございました。

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