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(10)ナナミ

 寒い、と思った時に、目が覚めた。

 息が苦しくて、きゅうくつだった。

 もっとはっきり意識を取り戻した時、あたしは自分がさるぐつわをかまされ、全裸で両手両足を縛られて、リュウのアパートの一室に転がされているのを知った。

 「気がつきましたか。」

 リュウが傍らにすわっていた。

 やるせない表情で、声にも力がなかた。

 あたしはリュウに向かって、抗議の声を上げようとしたが、意味不明なもがきしか出来なかった。

 「もう、どこへも行かないって約束して下さい…ずっとここにいるって。」

 冗談じゃあない。

 あたしは頭をふって、思いきりもがいた。早く、このバカバカしいロープをほどいてよ、服を着せてよ、家に帰してよ!

 必死で目に力を込めて、訴えた。

 リュウは、悲しそうな顔であたしを見た。大きな目に、みるみる涙があふれ、頬をつたった。

 そんなリュウの顔を、可愛いと思ったのもつかの間だった。

 「なぜわかってくれないんですか!?」

 思いっきり、横っ面をはり飛ばされていた。

 本当に、本当にあたしを…?リュウが、あたしに手を上げたなんて信じられない。

 でも、体の痛みが、真実を証明していた。張られた頬が、じんじん痛み始めてきている。

 それでもあたしは、体を動かした。人間て、縛られていると、本能的に自由を求めてもがき続けるものなのかもしれない。そんなあたしの姿を見て欲情したのか、リュウは、やおら服を脱ぎ始めた。全裸になって、むしゃぶりついてくる。

 一度始めると、リュウはかなりしつこい。特に、いまは異常な状況だから、すごく興奮しているみたいで、あたしはあちこち執拗に舐め回すリュウの若いなめらかな皮膚を、ぼんやりと眺めていた。

 次第に、気分が落ち着き、わるくない、と思うようになった。

 あたしという女に狂い出した男への嫌悪感が、逆にMっぽい快楽をそそるのか、あるいはこれほどまでにあたしを求める心情を、異常とわかっていても愛しいと思い、快楽が増すのか自分でもわからなかったけれど、あたしはとにかく、感じていた。

 あたしは初めて、いくということを知った。そして、数えてなかったけれど、とにかく複数回いって、再び意識を失った。

 どれだけ時間が経ったのだろう。

 最初に気絶させられてから、もう何日も経ったような気がする。でも、そんなわけない。

 リュウは毛布をかけてくれて、食事もさせてくれたけれど、食事か飲み物に睡眠薬を入れたらしくて、あたしはまた眠った。

 目がさめた時は、夕方だった。

 仕事から戻ったリュウは、あたしを犯して、食事と水を与え、あたしはまた眠った。

 そんな事を何度も繰り返した。

 もう、抵抗する気力はない。目がさめても、朦朧として、頭が完全にはっきりしない。

 これから自分がどうなっていくのか、全く想像がつかなかった。そして、このままこわれた人形のようになって死んでいくのなら、それも仕方ないか、と思うまでになった。

 人形、というイメージは、あたしの気に入った。

 あたしは可愛いお人形なのだ。もちろん、エロティックな魅力も備えている愛玩物。

ただの物質に成り下がって、いつでも相手の望むままに好きなように扱われる、愛らしい少女の形をしたマテリアル…。

 それなのに、肉をつかまれると、自分がまだ生きていることを実感してしまう。そして、リュウの稚拙で偏執的な愛撫が始まると、あたしの体は毒にしびれたような歓びにふるえ、呻き声をあげてしまう。

 目を閉じると、少年が等身大の人形に何か悪い事をしているシーンが浮かんだ。

 よくある、アダルトグッズの店で売っているダッチワイフ相手に励んでいる男の光景なんかじゃない。可愛くもうら悲しい少年の秘密の行為…それが火をつけた。

 やみくもなリュウの動きに合わせて、あたしは動いた。体がだるくて、ひどく消耗する気分だったけれど、リュウに合わせて必死で腰を動かした。

 リュウと、視線が合った。

 リュウはまた泣いていた。泣きながら、あたしの名前を呼び、あたしの首に手をかけた。

 あたしはこのまま、リュウに殺されるのだろうか。

 「殺して」

 あたしはつぶやいた。

 「殺して、ころして、コロシテ…」

 リュウは、あたしの首に手をかけたまま、絞めることなく激しく突きまくった。あたしは、自分でも驚くような咆哮をあげて応え、リュウの射精とほぼ同時に気をやった。



 目覚めたら、夕日がカーテンのすきまから射し込み、リュウはいなかった。

 昨夜から明け方にかけての行為を、ぼんやりと思い出した。

 体全体が、ひどく痛む。それに、手首はロープで擦り切れて、血が滲んでいた。

 「いったぁい…」

 勝手なもので、傷が痛むと、やっぱりここを出たい、と思った。逃げたい。自由になりたい。

 でも、どうやって?ロープはほどけそうにないし、リュウは出かける前にはさるぐつわをかませていくので、大声も出せない。もがくとロープは傷に当たって、飛び上がるほど痛い。

 あたしは、ここへ連れてこられて初めて絶望的な気分になり、泣いた。とめどなく涙があふれ、止まらなくなった。

 玄関で、物音がした。物音は、しばらく続いて、止んだ。

 そして、ドアが静かに開いた。



  

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