(1)ナナミ
低レベルな話です。
よろめき出ると、外は雨だった。
激しいセックスの後で、体のふしぶしが鈍く痛む。
でも、あたしはしあわせだった。あんなに可愛い年下の男の子から、愛されたんだもの。
若さと純粋さに刻印されたこの体は、とてもいい感じに火照っている。
リュウは若い。このあたしも…いえ、本当は若くないんだけれど、若いと思いたかった。若さって、この世で一番価値のあるものなのだから。そしてあたしは、少なくとも見た目は若くて、誰よりも可愛くて魅力的な女の子なのだから、なんの問題もない。
駅まで急ぎ足で歩いて来たから、息が切れた。あたしは、ピンクのキティちゃんのついた傘をたたむと、電車に乗り込んだ。ピンクのロリータ服に身を包んだあたしは、とても目立つ。目立つのはいいことだし、あたしは子供の頃から目立つのが大好きだった。
若い男の子達はみんな、あたしを見る。あたしの顔が可愛くて、しかも巨乳だからだ。
わかってる、そう、あたしは何でもわかっているのだ。頭もカンもいいのだから、当然だ。
電車が動き出した。あたしは鏡を取り出して、顔をのぞく。あたしはふだんノーメイク主義だけど、髪やなんかを一応チェックした。そして、口紅だけを塗った。顔全体が、いっそう輝いた。肌もピンク、心もピンク、可愛いあたし。あたしには、しみもそばかすもない。しわなんて、あるわけがない。陰であたしをお化けと言うやつらがいることくらい承知だけれど、それが何だ。あたしは誰が何と言おうと最強に可愛いのだし、何よりもリュウのように若くてこれまた可愛い男の子から愛されているのが、何よりもその証拠だ。
携帯が鳴った。メールの受信――親友のカンナからだ。クラブへ行く前に時間があったら事務所へ寄って欲しいと。
言われなくても、寄るつもりでいた。リュウと会った後は、必ず報告するのがあたしの義務なのだから。誰が命じたわけでもないから、義務というよりは、儀式に近いものかもしれないけれど、カンナにすべてを洗いざらいぶちまけると、あたしはとてもスッキリする。だから、これは告解が一番近いのだろうか。でも、カンナは、あたしにゆるしを与えることなど、出来やしない。やる気も霊力もとうの昔に失った巫女のように、荒廃した顔で話を聞くだけだ。
それでいい。あたしは、人の意見なんかこれっぽっちも欲しくないんだもの。カンナは、あたしとリュウの不倫関係を、批判もしなけりゃ煽りもしないで、ただただ黙って聞くだけ。貪欲に、目を光らせて、全てを聞いてくれる。
それは、カンナが年上だからだ。あたしより五才上だから、今年で四十五になる。若く見えるといっても、もうおばあさんだ。だから、カンナを美人だと言う人達には、猛烈に腹が立つ。それは間違っているのだ。このあたしこそ、もっとほめられるべきなのだ。
でも、しようがない。カンナは同性受けするタイプで、あたしは完璧に男受けするタイプ。だから、周りの女達はあたしに嫉妬して、口惜しいからほめないのだ。
カンナは、ごく控えめだけど、あたしをほめてくれる。そして、あたしの話を細大漏らさずよく聞いてくれる。起こった出来事、あたしの気持ち、全てを泥のように吸い込んでくれる。こんな女は滅多にいない。カンナの存在は、あたしの心の支えだった。カンナも同じことを言っていた、あたしがカンナの支えになっていると。
それは、無言のうちに取り交わした女友達同士の契約だった。そして、その契約の存在を時々口に出してみることで、あたし達の奇妙な絆は深まっていくようだった。