桃色と黒色 回転系09
2000文字くらいで収めようと思っていましたが、どういうことなのでしょうか?
私の実家の電話はいまだに黒電話とピンク電話である。
んで、電話会社とかからしたらレガシーコスト半端無いだろうなあと思うんだけど、でも我が家の住人は誰もその電話であることで不便を感じていたりしなかった。みんな別にボタンの電話を使いたいとは思わなかったみたいだ。それにボタンを押したいときはみな、テレビの主電源を押したり、電子レンジの熱燗のボタンを押したり、ビデオデッキの取り出しを押したり、コンロのスイッチを押したりした。あと階段の電気を押したりした。
あるいは、みんなボタンを押すことにはもう飽き飽きしていたのかもしれない。
回転するあの重くて不便な保留も出来ない電話をいつまでも使い続けていたのはそういうことかもしれない。・・・まあ、わからないけど。
私は私で子供の頃はちゃんとボタンの電話を使いたかったけど(天才テレビくんに電話で参加してみたかった)、でもすぐその後ゲームボーイを買ってもらって、それに疫病ってくらい夢中になったのでプッシュボタン式電話欲熱はすぐに消えた。
それからも今に至るまで私の実家の電話はずっと黒電話とピンク電話だ。
今は私も大人になり一人暮らしをしている。携帯電話も持っている。スマホだ。固定電話は持っていない。でも母はいまだに桃か黒かのどちらかで私のスマホに電話をかけてくる。
「ご飯たべてるのか?」
母はいつも同じ事を言う。
父も偶に電話口に出る。
「ご飯食べているのか?」
ばあちゃんも時たま出てくる。
「ご飯食べてるのかい?」
皆同じ事を聞いてくる。
私の携帯は何度か代わったけど、その間も実家の電話はずっと変わらない。ソレはもしかしたらすごいことなのかもしれない。だってその間にも我々には色々とあったのだ。たとえば姉が実家に帰ったり、家族で韓国に焼肉を食べにいったり、父がDVDの録画を覚えたり、色々と。本当に色々と。あと、私が覚えている限りの話だけどあの電話二台は一回として壊れたことが無い。ソレも、もしかしたらすごいことなのかもしれない。人は死ぬし怪我もする。黒電話なんか私は子供の頃落としたりしたのに、それでも壊れないのだ。すごいことである気がする。
私がある日、家のフローリングの部分でゴロゴロとしているとチャイムが鳴った。
私はゴロゴロをやめて玄関に向かい、何の気なしに扉を開けた。少し無防備だったかもしれない。しかし、私は時期的に扉の向こうには新聞屋さんが居ると思っていたのだ。いつもタイミングが悪くて、何ヶ月分かを溜めてしまいがちな私なのだ。だからたまにタイミングがあったらそれはもう払いたいではないか?新聞代をちゃんと払って、それで残りのお金でお酒を買って楽しいお酒を飲みたいではないか?私は小心者なのでそういうのを溜めてしまうと夜泣きしてしまう可能性があるのだ。
「はーい」新聞屋さんだと思って私は扉を開けた。
でも違った。
新聞屋さんだと思っていたところには違う人型のなにかが立っていた。しかも二人だった。黒い色のやつと桃色のやつだ。今まで見たことは無いと思う。多分。
で、
「よお!」
桃色の方がまず言った。
「・・・」
私は当然黙っていた。つい答えてしまって瓢箪に入ってしまってからでは遅いのだ。瓢箪を持ってはなさそうだったけど、でもそれだからといって油断する訳にはいかない。二十一世紀なのだから。SDカードとかだってmicroとかあるではないか?
「こら、桃!それじゃいきなり過ぎるだろ!」
黒色の方が桃色の方に言った。
「なんだ黒お前!?お前だってさっきまで『久々に会える~』って言って浮かれポンチだったろうが!」
桃色のやつが黒い奴に言った。多分若干怒っている感じだった。
「大体、お前はいつも品がないんだ!だから『ピンクは淫乱』とか言われるんだっ!」
「はあ!悪ーございましたね!黒だっていつもなんか物思いにふけっている感じがして一人が好きみたいな感じ出してるけど、結局は釣りだろっ!?第一根暗なんだよ!この寂しがり屋がっ!」
「・・・根暗・・・寂しがり屋・・・お前、ぶっころすぞ!」
「淫乱が悪いことだって誰が決めたコラァ!!」
という流れで目の前で桃色と黒色のつかみ合いの取っ組み合いが始まった。映画で言ったら『永遠に美しく…』みたいな感じになった。なので私は黙って扉を閉めた。なるべく気がつかれないようにとそっと閉めた。
しかし、扉が閉まる瞬間、
「・・・ぉおい!」
と言って、隙間に手と靴の先端が入った。
「・・・」
私はノブを掴んだまま動けずにいた。
「・・・なにお前閉めようとしてんの・・・?」
桃色の声だった。
「・・・いえ、私には関係なさそうでしたので・・・」
私はなるべく穏便に言った。
「・・・開けろ・・・そして私達を入れろ。さもないとお前にひぐらし的なトラウマを与えてやろうか?それともお前を蝋人形にしてやろうか?それともここに住めないようにしてやろうか?」
桃色の声がして、そしてその後たっぷりと溜めてから、閉まりかけのその扉の隙間に桃色の顔と黒色の顔が上下に並んで覗いた。
「・・・」
怖っ!私は思った。
本当にそう思った。
普段少し新聞代を溜めているだけで、こんな目に遭うなんて信じられない思いだった。
今度からは自分から払いに行こうと思ったくらいだ。
「私は桃、こっちは黒」
私がリビングで二人にお茶を出したところで桃色の方が言った。
「はあ・・・私は・・・」
「あ、それはだいじょうぶです。知ってます」
黒いほうが言った。
・・・なんで?
「・・・」
「・・・」
なに?何この沈黙。黒色が私の言葉を遮ってから急に沈黙。で、二人して私のことを見ている。私はお茶をすすりながら目をそらした。なんでこんな意味のわからないことになっているのかがわからない。全くわからない。
そんな感じで私がとりとめもなく茶を啜っていると、
「・・・あのさ、あんたさ急にこんなこと言っても信じてもらえないかもしらんけど、私らさ、お前んちの電話なんすよ」
突然桃色が言った。
「・・・はい?」
私は当然そういうリアクションだ。そりゃそうだろ。
「私もそうです。黒電話です」
黒色の方も言った。なんだこれ?
「な、何?なんですか?」
「私ゃピンク電話っす」
「え?何?何?どれ?なんのこと?」
私は混乱した。そりゃそうなるだろ?そうならないとしたらおかしい。絶対におかしいと思う。あるいはこれがライトノベルとかじゃないとおかしい。でもここはライトノベルじゃないぞ?ライトではあるかもしれないけど、ライトノベルじゃない。かっこいいこととか書いてないし、可愛いこととかも書けないし、何もできないところだぞ?それに売れ線でもないし・・・。え?は?何?何が?どういうこと?は?
私は混乱した。
「付喪神なんです」
黒色が言った。
「・・・付喪神?電気屋?」
私は言った。
「ちげえ!そりゃツクモ電機だ」
桃色が言った。
「付喪神に関しては別にここで詳しいこと言うつもりは無いです。ウィキペディアとか見ればいいですからね。でもあの、私達は付喪神になったんですよ」
「だから来たんですよぉ」
「・・・」
『付喪神になったんです』それで私はなんて言えばいいのだろうか?
「で、あの、今日来たのは理由がありまして・・・」
黒色の言葉はそこで澱んだ。
「・・・」
私は未だに整理ができていなかったので黙っていた。
「・・・うちの婆さんが死んだんですよ」
するとたまりかねたように桃色が横から言った。
「・・・え?」
「おい、桃!」
「なんだ?本当のことだろ?」
「・・・そうなの・・・?」
「・・・」
「・・・本当なの・・・?」
「・・・はい・・・」
黒色は本当に悲しげにそれだけ言った。
「そうなの!本当に!?」
でも私にはまだ整理ができていない。二人が付喪神で電話でっていうところがまず整理できていない。それなのに・・・。
「だから本当だって・・・」
桃色が言った。その顔が苦渋に満ちていた。それで私はやっと色々なことが本当なのだと思うに至った。
「・・・」
それでもまだ整理はできていないけど・・・。
「・・・で、なんで二人がわざわざここに?」
私は二人に聞いた。ばあちゃんが死んだ。それはたしかに悲しいことだ。でも人は死ぬ。いつか来ると思っていたものが来たのだ。私はそう考えていた。
「あのですね・・・あの・・・ご両親様があなたに知らせないことにしたんです」
黒色は言った。
「・・・なんで・・・?」
私は驚いて言った。どうしてそんなことを?そう思っていた。今にしてみれば私というのはどうしてこんなに子供なんだろうか。恥ずかしくなる。本当に恥ずかしくなる。
「そのですね。あの・・・実家には今お姉様もいますし、それであなたには知らせないことにしたんです。全部終わらせてから、知らせて、それでお正月に帰った際にお墓に行ってもらうことに・・・」
「なんだよそれ!」
私が立ち上がってそう叫ぶと、
「・・・知らせてお前すぐ帰って来れるのかよ?」
桃色が言った。
「・・・」
案の定、案の定私には返す言葉がなかった。そうか・・・そういうことか・・・。
「みんなお前のことを思ってやってんだぞ。金ねー時間もねーお前のためにだ。だから悪く思うのは違うぞ?」
「・・・すいません・・・」
黒色が言った。
それが私にはなんだかとても悲しい気がした。
「・・・で・・・それをわざわざ知らせに来てくれたの?」
ふと、私は思い出したように言った。
「・・・違う」
桃色は言った。
「・・・あの・・・そんな訳で実家の方々は今お忙しいのですし、知らせないのもあなたがかわいそうな気がして、それで私たちが二人が代わりにと思いまして・・・」
黒色が言った。
「・・・あ、そうなの・・・ありがとう・・・」
私は言った。少し釈然とはしなかったけど、でもとりあえずそういうのは言っておいたほうがいいでしょ?
「・・・それに、追悼哀悼は実家に帰る以外のことでもできますから・・・」
黒は言った。
「・・・はい?」
「よし、カラオケ行くか!カラオケ!」
桃がそう言って立ち上がった。
「・・・は・・・なんで?」
私は言った。
「・・・こういう時は、大きな声出したほうがいいですよ?」
そう言って黒が私の腕を掴んで立たせた。
「よし、今日は喉が枯れるまで行こうか!!」
「そうしましょう!ね?」
「・・・はあ・・・」
私は立ち上がった。そして玄関に向かった。
「・・・」
・・・この二人は本当に何しに来たんだろう・・・?
そう思た瞬間、まず私の頭の中には、
『なんだかんだ言って結局は私のことを元気にするために来たんじゃねーのか?』
という想像が出てきた。
そんな・・・まさかね・・・。
とりあえず掴まれたまま私は玄関に向かった。
とにかくまほろばを歌いました。