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declare  作者: みゅう
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後編

「楓から話は聞いた」

 昼休み。

 携帯のメールによって昨日同様屋上に呼び出された俺は、これまた昨日同様昼食をいつもより早く食べ終えてこうして屋上で円香と会っていた。

「ごめんね。昨日は変な電話しちゃって」

「いや、別に、電話自体はいいんだけど……」

 問題は突然切られた方だ。

「ウチの両親、もう本格的にダメみたい。特に、お父さんは……」

 唇を噛み締める円香。

「ちゃんと話し合って二人が出した結論なら、私も文句は言わないけど、違うから。全然話そうともせずに、一方的に相手を否定して……。だから……」

「その事、両親には言ったのか?」

 円香は無言で首を横に振った。

「そうか……」

 何か言葉を掛けてやりたかった。でも、俺は所詮円香にとってはただの学校の先輩で、円香の両親にとってはただの他人だ。そんな立場で、俺はどんな言葉を円香に掛けてやればいいのだろうか。

「あーあ。いっその事、家出でもしようかな」

「家出?」

「それぐらいしたら、少しは考えてくれるかなって。ほらっ。それに、そうなったら二人きりになるわけだし」

「それは、どうかな……」

 円香の言葉に、俺は苦笑を浮かべる。

 余計、ややこしい事になるような……。少なくとも、勧める事は出来ない。

「ダメ?」

「ダメというか……」

「じゃあ、後は……駆け落ち、とか?」

 唇に自分の人差し指を当てて、上目遣いで俺を見る円香。

「相手いるのか?」

「もちろん。直と」

 円香は自信満々にそう言い切った。

 表情と行動からして、そんな事だろうと思ったけど。

「お前な。冗談でもそういう事言ってると、勘違いされるぞ」

「大丈夫。人を選んで言ってるから」

 つまり、円香は俺をからかっても問題ない人間だと認識しているわけか。

「こりゃ、楓も苦労するわけだ」

「悪かったな。頼りなくて」

「そういう事じゃなくて……。ま、そこが直のいい所でもあるんだけどね」

「?」

 よく分からないが、褒められているのだろうか。

「……」

「……」

 ふと、会話が途切れる。

 途端、円香の顔から笑顔が消えた。

 俺の手前、無理に明るく振舞っていたのだろう。

「まぁ、なんだ」

「ん?」

「困った事があったら言えよ。俺で良ければ話ぐらい聞くし、もちろん電話も掛けてきていいから」

「うん……」

 円香が俺の胸に額を押し当て、そのまま俺の方に体重を預けてくる。

「円香?」

「少しだけ。少しの間だけ、こうさせて」

「……」

 俺は円香の突然の行動にどうしたらいいか分からず、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。


 案の定というか予想通りというか、その夜も円香から電話が掛かってきた。

「もしもし」

『……直、今家、だよね?』

「ん? ああ」

 俺の予想通り掛かってきた電話だったが、その内容は少し予想とは違っていた。

「円香は今外にいるのか?」

 電話越しに風の音とその他の雑音が聞こえてくる。

『うん……。外』

「晩飯の時間じゃないのか?」

『……うん』

 なんだろう。どこか様子がおかしい。

 昨日の電話も妙だったが、今日の電話は一段と変だ。

「どうした?」

 仰向けに寝転んでいた体を起こし、ベッドの上に胡坐をかく。

『直って今暇?』

「暇といえば暇だけど……」

 とはいえ、後数分もすれば晩御飯の時間だ。

『今から出て来れない?』

「……」

 どうやら、本格的に何かあったらしい。

『ごめん。ダメだよね。言ってみただけだから、気にしないで』

「お前、今どこにいるんだ?」

『家の近くの駅』

「分かった。今すぐ行く。その駅の名前教えてくれ」

『え? でも』

「いいから」

 円香の告げた駅名は、俺の家の最寄り駅から二つ程学校の方に行った駅の名前だった。

「よし。今からそっち向かうから、そこで大人しく待ってろよ」

『うん……』

 携帯と財布をズボンのポケットに突っ込み、自室を出る。

「あれ? お兄ちゃん、もうすぐごはんだよ」

「ちょっと出かけてくる」

 俺の慌しい足音を聞きつけてか玄関に顔を出した楓に言い捨てるように言葉を残すと、俺は急いで家を後にした。

 家から最寄り駅までは走って三分程。そこから電車に揺られる事、十分余り。待ち時間を含めて、通話を終えてから二十分程で目的の駅に俺は到着した。

 自動改札機のすぐ近くのベンチ、そこに円香はいた。

「直……」

 俺の姿を見つけ、円香が立ち上がる。

「本当に、来てくれたんだ……」

 円香の顔に安堵の表情が浮かぶ。

「当たり前だろ。……で、何があったんだ?」

「お父さんと喧嘩して……」

「それで、家を出てきた、と」

 俺の言葉に、円香が無言で頷く。

 喧嘩の内容は、おそらく円香の両親の事だろう。

「晩飯は? 食べたのか?」

「まだ……」

「そっか」

 適当な店に入って、そこで落ち着いて話を聞いてもいいが……。

「ウチ、来るか?」

「え?」

「晩飯食って少ししたら落ち着くかもしれないし、最悪……。ウチには楓もいるから」

 再び、円香が無言で頷く。

 俺はズボンのポケットから携帯を取り出すと、家に電話を掛けた。

 初めに電話に出たのは楓だったので、母さんに代わってもらう。母さんに簡単に事情を話して円香の分の夕食も用意してもらえるよう頼むと、意外にあっさりと了承を得られた。

「大丈夫だって」

 電話を切り、円香に結果を報告する。

「……ありがとう」

「切符買ってくるから、そこで待っててくれ」

 自動券売機で一人分の切符を買う。

 俺は定期で通れるため、俺の分の切符は必要ない。

「はい」

 切符を円香に渡し、ベンチに腰を下ろす。

 こちらに戻ってくる時に確認したのだが、次の電車が来るまでまだ若干時間があった。

「座らないのか?」

「あ。……うん」

 円香が俺の隣に腰を下ろすと、二人の間に変な空気が走る。

 会話をしようにも話すべき内容が思いつかず、俺たちは再びベンチから立ち上がるまでの間特に会話らしい会話もないまま時間を過ごした。


 その夜、我が家の食卓は妙な雰囲気だった。

 皆が皆気を遣い合い、食事を終える頃にはどっと疲れが出ていた。

「円香。階段上がってすぐの所が俺の部屋だから、先行っててくれ」

「うん……」

 リビングから円香を追い出し、改めて母さんと向き合う。

「直。どういう事か説明してもらえる?」

 満面の笑みが逆に怖かった。

「俺も詳しい事は知らないんだけど、なんか父親と喧嘩して家出てきたみたいなんだよね」

「そもそも、なんでお兄ちゃんなの?」

 楓の疑問は尤もだ。普通こういう場合、電話を掛けるなら同級生のしかも女子だろう。

「成り行きで悩み聞く事があって、その流れで……かな」

「ふーん……」

 どこか納得しきらない様子の楓。

「それで、これからどうするつもり?」

「話聞いて、最悪泊められないかなって……」

「そう」

 これで話は一旦終わりとばかりに母さんが席を立つ。

「え? もう終わり?」

 その態度に思わず楓が驚きの声を上げる。

 もっと追求されると思っていただけに、俺も楓と同じ気持ちだった。

「だって、まだちゃんと話聞いてないって言うんだから仕方ないでしょ」

「そうだけど……」

「ほらっ。早く話聞いてきなさい。どっちにしろ、あまり遅くまでウチにいるようだったら、電話掛けないといけないんだから」

「はい……」

 立ち上がり、リビングを後にする。

「円香、入るぞ」

 自分の部屋だが、一応断りを入れたから扉を開ける。

 円香は、ベッドの下に足を抱えるようにして座っていた。

 俺もその前に腰を下ろす。

「どうするんだ? これから」

「……」

「家に帰るって言うんだったら送ってくし、もし……っていうなら母さんに言ってやる」

 ()えて、二つ目の選択肢は口にしなかった。

「出来れば、今日は家に帰りたくない」

「そうか」

 まぁ、そう言うだろうと思った。

「結局、円香はどうしたいんだ? 二人に仲直りして欲しいのか、それとも……」

「私は……二人で話し合って欲しい。その結果がどうであれ、二人がちゃんと出した答えなら……」

「本当に、それでいいのか?」

「え?」

 他人の家の事情に足を突っ込むのは気が引けるが、ここまで来たらそうは言っていられないか。

「そりゃ、親が出した結論だったら、時には子どもとしては従うしかないのかもしれないけど、まだ結論は出てないんだし自分の気持ちぐらい伝えていいんじゃないか?」

「……」

「俺は自分自身がその立場にいないから、そんな事を言えるのかもしれない。だから、俺の話を真に受ける必要はない。ただ、一応考えてくれ。そういう考え方もあるって事を」

 答えはなかった。

 一人で考える時間も必要だろう。

 俺は静かに立ち上がると、部屋を出来るだけ音を立てないように立ち去った。

「どうだった?」

 リビングに戻ると、楓が俺の顔を見てそう聞いてきた。

「ん? まぁ……」

「何それ?」

「少し一人にしておこうかなって」

「そっか」

 母さんは洗い物をしており、俺たちの会話に絡んでこようとはしない。

「円香、そんなに悩んでたんだ。学校じゃ、そういう姿全然見せないから」

「そういうキャラじゃないから、だって」

「キャラとか、関係ないのに」

 俺より付き合いが長いのに相談されなかった事に対してなのか、自分が気づけなかった事に対してなのかは分からないが、楓は少し落ち込んだ様子だった。

「まぁ、他人だからこそ相談できるって事もあるから」

「……多分、それは違うよ。お兄ちゃんだったから、円香は相談したんだよ。お兄ちゃんって口堅そうだもん。それに、興味ない振りしつつもちゃんと考えてくれてるし」

「そんな事ないって……」

 俺が否定すると、なぜか楓はにやついた顔で俺の事を見た。

「なんだよ……」

「別にー」


 二十分程して自室に入ると、円香は俺が部屋を出た時と変わらぬ姿勢で座っていた。

 俺も先程と同じように円香の目の前に座る。

「まだ電話してないから、今なら普通に家帰れるけど……」

「……」

「分かった。電話してもらっておく」

 別に、違う答えが欲しくて聞いたわけではない。ただ、聞かずに泊めるよりもう一度聞いた上で泊めた方がいいと思って聞いただけだ。

「それはいいとして、明日はどうする?」

 円香はそれこそ着の身着のままで俺の家に来てしまっているから、携帯以外の物を何も持ち合わせていない。着替えなどは楓に借りるとして、問題は学校の用具だ。

「制服はもう一着用意できても、学校に持っていく用具はもう一つ用意できないからな」

 もし奇跡的に楓と円香のクラスの授業が一つたりとも(かぶ)っていなければなんとかなるが、まずその可能性は低いだろう。

 もう一つ可能性として、楓と円香のクラスの授業が同じ時間帯に一つも被っていなければ楓にいちいち借りれば済むが、その場合周りから妙に思われるのは必至である。

 となると――

「朝一番で取りに行く」

 しかない。

「ま、それが一番いいだろう。でも、家の人と鉢合わせないか?」

「多分、大丈夫。お父さんは朝早くに家出て行くし、お母さんは多分まだ寝てるから」

 それなら、問題ないか。

「いつも俺たちは家を七時五十分頃に出てるから、その四十分前には家を出ないと朝のホームルームには間に合いそうにないな」

「じゃあ、七時過ぎに家を出れば」

「八分にしよう。十四分の電車に乗れば、寄り道しても十分間に合うだろう」

「もしかして、付いてきてくれるの?」

「当たり前だろ? 大体、お前お金持ってないじゃん」

「あ」

 今頃、気づいたらしい。

 別に、お金だけ貸してやってもいいのだが、それはそれで余りにも薄情過ぎるだろう。

「さて」

 俺は宣言するようにそう言うと、膝に手を置いて立ち上がった。

「俺は母さんに電話掛けてもらってくるから。お前ン家の電話番号を教えてくれ」

 円香によって告げられた番号を、携帯の円香の欄に登録する。

「ある程度落ち着いたら、一度楓とも話せよ。一応話は通しておくけど、自分の口から頼むのが一番だろうから」

「……うん」

 再び、円香を残してリビングに降りる。

「母さん」

 俺が呼ぶと、母さんは洗い物をしていた手を止めて台所から出てきた。

「話できたの?」

「……円香、今日は家に帰りたくないって言ってるんだけど……」

「そう……。ウチの電話番号は聞いてきたの?」

「あ。うん」

 携帯に登録したばかりの円香の家の電話番号を母さんに見せる。

「ちょっと、借りるわね」

 そう言うと、母さんは俺の携帯を手に電話の方に近づいていった。

「円香は?」

「まだ俺の部屋にいるよ」

 無理に連れてくるより自分から降りてくるまで待った方がいいだろうと思って、敢えて一緒には来なかったのだ。

「円香、泊まるの?」

「ああ。悪いけど、色々と頼めるか?」

「任して。具体的には? 何すればいいの?」

「とりあえず、着る物と寝る部屋だな。制服も貸してもらえると有り難い」

「うん。分かった」

 母さんの電話は比較的に早く済んだ。

 どうやら、思ったより話はすんなり纏まったらしい。

「あちらのお父さんには楓の名前を出しておいたから」

「ありがとう」

「アンタ、人ン家の事情に首突っ込むんだったら、とことんあの子の力になりなさいよ。中途半端で終わるぐらいだったら、首突っ込まない方がよっぽどいいんだから」

「……分かってる」

「なら、いいんだけど」

 そう言うと、母さんは台所へと戻っていた。

 一息吐き、椅子に腰を下ろす。

「お父さん、もうすぐ帰ってくるって」

「あー……」

 そうか。まだ父さんへの説明があったな。

 俺はもう一度、今度は深めの溜め息を吐いた。


 翌、金曜日。

 いつもより三十分以上早い時間に家を出た俺は、円香と一緒に彼女の家を目指していた。

 昨夜降りた駅に再び降り、円香の指示に従い道を進む。

 閑静な住宅街。その表現がよく似合う風景だった。

 その一つ、ウチより一回り大きく立派な家が円香の家らしい。

 円香が門を開け、敷地の中に足を踏み入れる。

 それに俺も続く。

「そういえば、お前鍵は?」

 今更ながら、気づく。円香が鍵を持っていなければ、当然ながら家には入れない。

 円香は携帯一つ握り締めて家を飛び出てきたはずだ。鍵を持って出たという話は思えば聞いていない。

「大丈夫」

 そう言うと、円香はスカートのポケットからキーホルダーの付いた鍵を取り出した。

「鍵、持ってたのか」

「うん。家出る時に。リビングの出口にいつも置いてるから」

 飛び出す時にとっさに取った、と。

 鍵を開け、ドアを開く。

「あれ?」

 途端、円香が不思議そうな声を上げる。

「ん? どうかした?」

「靴が……」

 円香の視線の先には、男物の黒い革靴があった。

 円香の父親の物だろうか。

「あれ、お父さんがいつも通勤に使ってる奴」

「……という事は」

 俺の言葉に答えるかのように、玄関近くのドアが開き中から年配の男性が顔を出した。

「音がしたと思って見に来てみれば、やはり円香か」

「お父さん、どうして……?」

「お前が寄ると思って、待ってたんだ。ところで――」

 円香のお父さんの視線が、俺に向く。

「早見直と言います」

「早見?」

「早見楓の兄です」

「なるほど。そういう事か。円香は楓さんではなく、君を頼って君の家に行ったという事か」

「すみません。騙すような真似をして」

 嘘は吐いてないが、意図的に俺の名前を出さなかったのは事実だ。

「いや、電話越しでは誤解も生まれやすいだろう。それより、円香。時間はいいのか?」

「え? あ」

 おじさんに言われ、円香は靴を脱ぎ捨てると慌てた様子で階段を登っていた。

「学校での円香の様子はどうかな?」

「え?」

「家では最近暗い表情ばかり浮かべてるから……。まぁ、原因は私たちにあるんだけど」

 そう言って、おじさんは苦笑を浮かべた。

「少なくとも、俺の見る限り学校では元気にやってますよ。時々、暗い表情も見せる事もありますけど、それでもそんな表情ばかりっていうわけじゃないし。……と言っても、俺が知る彼女なんてほんの少しなんですけどね」

「楓さんのお兄さんという事は、君は円香の先輩に当たるわけか」

「えぇ。まぁ……」

 双子や義理の兄妹という少ない可能性がある以上、絶対というわけではないが考慮にいれる程の確立ではないだろう。

「円香とはやはり楓さん経由で?」

「いえ、そういうわけでは……」

「なら――」

「お父さん」

 自室らしき部屋から出てきた円香が、階段の上から怒ったような口調で言う。

「あんまり直を困らせないで」

「悪い、悪い。ついな」

「もう」

 円香が階段を降り、玄関でしゃがんで靴を履く。

「じゃあ、行ってくるから」

「あ。ちょっと待った。学校まで送ってくよ」

「え? でも……」

 円香が俺の方を見る。

「俺は――」

「君も乗ってきなよ。円香もその方がいいみたいだし」

「それでいい?」

 円香に確認を取る。

「うん。直がいいなら、私は」


「いやー。この調子なら、私の生きてる間に孫の顔を見るっていう夢も結構早くに叶いそうだね」

「……」

「あはは……」

 玄関先では普通に話していた二人だったが、家の外に出た途端円香は黙り込んでしまい、車内には非常に居心地の悪い空気が充満していた。

 俺が時折相槌(あいづち)を打ってはいるが、主に車内で口を開いているのはおじさん一人。しかも、その話の内容も、こう言ってはなんだが正直若干空周り気味だった。

 このまま一時間近く、この状況が続くのか? さすがに、それは……。

 隣を見る。

 円香が仏頂面を浮かべて窓の外を眺めていた。

 現在、俺たちは後部座席に並んで座っている。俺が真ん中に座り、運転席の後ろに円香が座るという形だ。

「話、あるんでしょ?」

 車に乗ってから初めて円香が口を開いた。

 おじさんの話を無視し続けたのは、それが話を切り出すタイミングを図るためだけのものだと分かっていたからなのだろうか。

「ん? あぁ……」

 バックミラー越しに見える、おじさんの顔が急に引き締まる。

「昨日、母さんと話した。母さんも、さすがにお前が家出するとは思ってなかったんだろう。少しショックを受けた様子だった」

「……」

「もう少し家族の時間を作るって言ってたよ」

「嘘」

 糾弾するような強い口調だった。

「かもな。でも、そう言ってくれただけで、今までより前進したと父さんは思う」

「……お父さんだって、本当はお母さんの事よく思ってないくせに」

「そうだな。母親として千鶴(ちづる)は、少し家の事に目を向けな過ぎてる」

「ほら」

 自分の言葉を認める父親の言葉に、円香は更に態度を強める。

「でも、千鶴のそういう所が好きで父さんは結婚したんだ。仕事に対する直向(ひたむ)きさや真剣さも含めて彼女なんだって」

「何よ、それ」

「変な話だよな。自分でもそう思う。結局、私は母親としての千鶴に不満はあるが、妻としての彼女に不満はないと思ってるんだと思う」

 車が赤信号に掴まり、停車する。

 それをきっかけにして、車内に長い沈黙が流れた。その沈黙を破ろうとする者は俺を含めて誰もいない。

 信号が青に変わり、再び車が動き出す。

「私はお母さんにはもう少し家に居て欲しい。でも、それが無理なら、我慢する」

 車が動き出したのを合図に、円香が自分の意見を父親に告げる。

「我慢か……」

 おじさんにとって、その言葉は一番堪える言葉なのかもしれない。

 今まで娘に我慢を強いてきて、これから我慢を強い続ける。そんな父親の気持ちを、俺ごときが分かるはずもない。どれだけ辛く、どれだけ心が痛むか。

「我慢する必要なんてないんじゃないか?」

 俺は所詮、この家族にとって赤の他人だ。だからこそ、口を挟む。それが、この車に乗り合わせた俺の役割なんだと思う。

「家族なんだから、思いをぶつけ合ってその結果言い合いになっても、最後は分かり合えるんじゃないかな? お前言ってじゃないか。二人が話し合って出した結論ならいいって。だったら、お前も話し合えよ。二人と。親と」

 自分がこんな事を言える立場にいない事は重々分かってる。分かってる上で、知ったような事を言わせてもらう。

「家族ってそういうもんだろ?」

「……彼の言う通りだ。私たちは、お前に気持ちを押し殺す事を強要し過ぎていたのかもしれない。話し合おう。三人で。私たちは家族なんだから」

「……うん」

 円香が頷いた。恥ずかしそうに、口元に微かな笑みを浮かべて。


 車が学校近くの公園脇に停車する。

「送ってくれてありがとう」

「ああ。気をつけてな」

 円香が車を降り、俺もその後に続く。

「どうもありがとうございました」

 ドアに手を掛け、車外からお礼を言う。

「いや、こちらこそ色々と迷惑を掛けて本当にすまなかった」

「そんな。俺は別に何も……」

 文句を言われこそすれ、お礼を言われる立場ではない。

「じゃあ、また。今度は落ち着いた時に君とは会いたいな」

「はい。機会があれば」

 軽く頭を下げてからドアを閉める。

 おじさんの運転する車が曲がり角を曲がり見えなくなるのを見届けてから、俺たちは学校の方向に足を向けた。

「思ったより早く着いたな」

 携帯で時刻を確認すると、朝のホームルームが始まるまでまだ大分時間があった。

「ねぇ、屋上行ってみない?」

「屋上? いいけど、なんで?」

「なんとなく。どうせ教室行っても、そんなにまだ人来てないだろうし……いいでしょ?」

「まぁ……。うん」

 円香の提案により俺たちは下駄箱で下靴をスリッパに履き返ると、教室には向かわず屋上の方へ歩を進めた。

 屋上には当然のように人などおらず、運動部の声とその他の街からの生活音が遠くから聞こえてくるだけだった。

「そういえば、お前今日はどうするんだ?」

「うーん、どうしようかな? このまま直の家に居つくのもいいかなって」

「おい」

「冗談よ。ちゃんとウチに帰る。これ以上迷惑掛けるのも直の家に悪いし」

「そっか」

 円香が自分の家に帰る事はいい事だ。いい事のはずなのに、なぜかその事を少し寂しいと感じている自分がいた。

「直にはまた借りが出来ちゃったね」

「また?」

「悩み聞いてくれた時」

「あぁ……」

 そういえば、円香とこの場所で出会ってからまだ一週間も経ってないんだよな。なんか、あの時の事がもっと前の事のように感じられる。

「ねぇ、直。ちょっと、そこ立ってくれる」

「あ?」

 場所を微妙に動かされ、円香がその正面に少し距離を取って立つ。

「んん」

 まるで声の出を確かめるように二度三度喉を鳴らす円香。

「早見直さん」

「……なんだよ、改まって」

「……」

 円香の態度にふざけた様子が一切ないので、俺も背筋を伸ばす。

「ずっと前から好きでした。私と付き合ってください」

「……え?」

 一瞬、なんの冗談かと思った。だが、円香の真剣な顔を見て、これが冗談でない事に気づく。

「えーっと……」

 何か言わなければと思いつつも、すぐには言葉が出てこない。

 俺の頭の中は今、軽くパニック状態に陥っているようだ。

「ごめん。正直、急で。少し状況が飲み込めてない」

「うん。返事はいつでもいいから」

「いや、今ちゃんと、返事するから」

 胸に手を当て、一つ深呼吸をする。

「俺たち会って間もないし、俺は円香の事まだ全然知らないし、円香も俺の事まだ全知らないと思う」

 言いながら、心の中で自分の気持ちを整理する。

「だから、その、お互いの事を知ってく所から始めた方がいいと思うんだよね」

「それって、付き合えないって事?」

 円香が不安げな表情で俺の顔を見る。

「いや、そうじゃなくて、なんて言うか、付き合いながら知っていくっていうか……もう自分でも何言ってるのか分からないんだけど、まずはそういう付き合い方をしていこうっていう……」

「つまり?」

 簡単に要約すると――

「こちらこそ、お願いします……」

 とても簡潔で短い文章になった。

「良かった……。なんか、長い言葉並べられると、断るための理由を告げられてるみたいに思えて……」

「……こういうの、慣れてないから」

「嘘? 楓から、お兄ちゃんは告白されまくりだって聞いたよ」

 楓の奴……。

「確かに、告白された事は一度や二度じゃない。でも、受け入れた経験の方は今までなかったからな」

「そう、なんだ」

 円香が探るような視線を俺に向けつつも、顔には嬉しそうな表情を浮かべる。

「あ。そうだ。私たち、もう恋人同士なんだよね?」

「ん? あぁ……」

 何やら、嫌な予感が……。

「んー」

 なぜか、目を閉じて顔を俺の方に突き出す円香。

「何?」

「分かってるくせに」

「だから、まずはお互いを知ってく事から始めようって……」

「キスぐらいいいでしょ?」

 円香が更に体と顔を俺の方に近づけてくる。

「はぁ……」

 キスぐらい、ね。

 さすがに、女の子にここまでさせて何もしないのも気が引けるので、円香の肩に手を掛けて自分の顔を彼女の顔に近づける。

 そこで気づく。円香は触れてみないと分からなかったが、少し震えていた。

 言葉や態度とは裏腹に、緊張しているようだ。いや、もしかしたら、緊張しているからこその言葉と態度だったのかもしれない。

 俺は円香に気づかれない程度にクスリと笑うと、自分の唇で彼女の唇に触れた。

「これでいいか?」

「うん……」

 先程までの言動が嘘だったかのように、円香は急に大人しくなった。

「そろそろ、降りようか?」

 フェンス越しに、登校してくる生徒の姿が多数見受けられ始めた。

 もう教室に行ってもいい頃合だろう。

「ほら。行くぞ」

 依然としてぼっーとしたままの円香の髪を軽く乱暴に撫で回すと、俺はドアの方へ足を向けた。

「もう。髪ぐちゃぐちゃ」

 自分の髪を直しながら、俺の隣に並ぶ円香。その様子は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだった。

「あの噂、本当になっちゃったね」

「噂?」

「ほら、私と直が付き合ってるって噂」

「あぁ……」

 そう考えると、これから周りの目が怖いな。何せ、新入生の一二らしいからな。ウチの妹と俺の彼女は。

「直、がんば」

「なんで他人事なんだよ」

「だって、私は別にいいし。周りの目を集めても。むしろ、臨む所?」

「……」

 こうして、俺にまた新たな悩み事が生まれたのだった。

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