第三話
「おかしい」
俺は服と靴の入った大きな袋と、夕食のおかずの入った袋とを手から提げたまま、家の扉の前で立ち止まっていた。
「おかしい」
そう、おかしいのだ。
俺はアデル一人を我が家に残して買い物に出た。戸締りをしっかりして、知らない人が来ても扉を開けるなよと小学生にするような言葉をアデルに伝えて。いやまあ見た目に関しては完全に小学生で通用するわけではあるが。
そんな余談はさておいて、アデル以外の人間が我が家に足を踏み入れているはずがないということになる。しかし、だ。
「アデルちゃん髪触らさせてよー」
「いやじゃ!」
「そんなこと言わないでよー。私とあなたの中じゃない」
「含みを持たせるでない! 初対面じゃ!」
家の中からは女性二人のきゃぴきゃぴとした声が絶え間なく聞こえてくる。
もちろん独特な口調をしているのはアデルだ。
そしてもう片方の語尾を伸ばす気のただれたような声の持ち主。耳に覚えがないわけではない。あまり積極的に思い出したくはない方だったような……。
「アデラちゃん待ってー。私すごい事に気付いちゃったのー」
「その手には乗らんぞ」
「もうどれだけうたぐりぶかいのー。まあいいやー。ちょっと待っててねー」
すると足音がこちらへと向かってくる。
いやまさか、な。
しかしその足音はどんどんと大きさを増す。
そして直後、
「ゆーくん!」
そんなソプラノボイスとともに家の安い木造扉がものすごい勢いで開かれた。もちろんその軌道上には立ち往生していた俺の体が存在している。それがわかれば結論は簡単だ。
強い衝撃とともに、意識は遠のいていった。
☆★☆
「アデラちゃん待っててばー。ほんとになんにもしないよー」
「絶対待たんぞ」
そんなどこかで聞いたことのあるやり取りが耳に入ってきた。目をうっすら開くと光と汚い天井が入ってくる。
しかしまあほんとに。
「じたばたうるさい! こんな狭っ苦しい場所で激しい動きをするんじゃない!」
寝ているとその衝撃がもろに体に伝わってくる。
「ゆーくんやっと起きたー」
「おお、やっと起きたか。夕飯は美味しく頂いたぞ」
そんな俺の言葉など全く意に介さなかったふうに、二人はいけしゃあしゃあと言葉を並び立てる。
アデルともう一人の女性。
俺が十年前に一番親しかった異性だ。
「ゆーくん久しぶりだね」
「ああそうだな」
なんて俺が言葉を返した相手は柳田結衣。十年前親しき仲にあった女性であり(付き合ってたとかじゃない)、仕事仲間だ。幼く見えるような容姿をしているが、年齢は俺とさほど変わらない。詳しく知ろうとすると必ずなにかバリアのようなものにぶち当たったのはいい思い出だ。
「しかしアデル」
でも久しぶりの再会を喜ぶ前にとりあえず確認しておきたいことがある。
「どうした」
「なぜこいつを家に上げた」
「なぜと言われてものお。お前の言いつけは完璧に守ったぞ」
「じゃあなんでこいつが入ってきてるんだよ」
「ゆーくんほらこれだよー」
また非生産的な討論モードに入りかけた俺たちを止めたのは結衣の手におさめられた、一つの鍵だった。
「ナンデスカソレハ」
「ゆーくんちのスペアキーだよー」
「プライバシートカアリマセンデシタッケ」
「ゆーくんのいない間に法律も変わってスペアキーくらいだったら勝手に持とうがよくなったんだよー」
絶対嘘だ。しかしこれで一つ合点がいったことがある。
「いやでもそういうことか。おかしいと思ったんだよ。この部屋がまだ使えること」
「むふふー。ちゃんと掃除とかしといたんだよー。まあ全く手間のかからない広さだったしねー」
「当時の俺は贅沢の仕方なんて知らなかったんだよ。まあありがとう。多分それはあれだよな。組織としてじゃなく、結衣個人としてやっててくれたってことだよな」
「まあそうなるかなー。でもぜんぜん気にしなくていいよー。ゆーくんがパフェ毎日食べさせてくれるみたいだし」
言ってパフェを食べることを想像したのか呆けている結衣の頭をぺしりと叩き、本題に入る。
「つまり俺は、死亡として処理されていたってことか」
「うん。そこから神隠しもぱたりと止んだしねー」
「なるほどな……」
「でもあれだよー。所長なんて生きてましたーってちゃっと言えばまたすぐ仕事回してくるよー」
そう言えば俺の仕事場は感動なんてものには無縁だったなと思い出す。そんな懐古をしている俺の視界に、なにやら暇そうな様子で頬にうでをついてこちらを見ているアデルの姿が入った。
目が合う。
「なにがなにやらさっぱりわからん」
「まあ大人の事情ってやつだ」
「私のほうが年上じゃ」
なるほどうっかり。
「ゆーくんは、世の中の超常現象を解明する仕事をしていたのよーアデルちゃん。でもねー、神隠しについて調べていた矢先行方不明になっちゃったのー」
俺が面倒だからと話すのを渋っていると結衣がぺらぺらと喋り出した。
「なるほどのう。それで召喚されて私と戦ったわけか」
「でまあこいつが異世界の魔王だ」
事の成り行きにまかせて俺もとんでもな爆弾をぶち込んでみる。
「アデルちゃんが魔王ー。まあ銀髪だしねー。でもいいのアデルちゃんはー。ゆーくんにやられたんでしょー」
「相討ちじゃ」
どこに納得してるんだという話しだが、結衣は嘘だとはこれっぽっちも思ってないんだと思う。しかも受け入れた上でアデルとの態度を崩していない。
冷静に考えれば、俺たちは所長のせいで魔王なんて存在以上のものに見慣れてしまっているのかもしれない。
そんなことはさておきだ。
「なあ、早速だけど仕事なんかあるか」
「もちろんあるよー。今私のやってる仕事のお手伝いしてもらえると嬉しいかなー」
「内容は?」
「VRMMOのプレイだよー」
なんて俺は唐突に、知らぬ間に完成していた新技術と出会うことになる。
お気に入り登録ありがとうございます。やっとVRMMOが登場しました。




