第一話
「アデラ! まだか!」
「もうちょい我慢せい。甲斐性のない男は好かれんぞ」
俺は三体のリザードマンが間髪入れずに繰り出してくる剣を盾と剣を駆使していなす。
大柄なリザードマンが放つ剣戟は重く、そろそろ体力の限界を迎えそうだ。
「ユキト行くぞ!」
と安い死を覚悟していたところにこのむさ苦しい場所には不釣り合いな可憐な声が響く。
同時にリザードマンがいる空間にブラックホールのようなものが形成され、それがダメージとなる。
かなりの大きさをほこる地味だが強力な一撃に三体のリザードマン破れ、システムに飲み込まれていった。
そしてリザードマンがいなくなったこのルービン火山には俺とアデラの二人が残された。
「いやお前さ、ブラックドルンをリザードマン三体相手にってやり過ぎだろ」
「私は作業が嫌いだということをお前が一番知っとろうが」
「効率ってもんがあるだろうが」
「そんな物に縛られておるからお前は女も知らんままこんな齢を迎えるんじゃ」
「う、うるせえ!」
さっきから的確なのかそうでないのかよくわからない言葉をつらつらと並べ立てるこの少女はアデル。肩にかかるくらいの長い銀髪に、赤い目、そしてアメジストのように儚く美し顔という物語から登場してきたかのような容姿をしている。
まあそれも当たり前といってしまえば当たり前の話しなのだが。
ここはゲームの世界の中なのだからーーーーーー。
☆★☆
「何年ぶりの我が家だろう」
神山勇二との名前を親から授かった俺は、十年ぶりくらいに我が家の扉の前にたどり着いていた。
我が家といっても六畳一間のアパートなので、大層なものでさないのだが。しかしとはいえ家賃などは契約を切っていない限り蓄積していくものだ。しかも十年も訪れていない家。それなのにも関わらず今差し込んだ鍵は何に邪魔されるということもなく家主の帰りを受け入れた。
この状況になんの疑問も抱かないわけでもないがそれを殺す程度の胆力は〝あっち〟で十二分に身に付けてきた。
がちゃりと鍵がはまった音がして、扉を手前へと引く。その先には十年前と変わらぬ様子が俺を待っている。はずだったーー。
「遅かったのう。待ちくたびれたぞ」
俺を迎えたのは、十年前と何も変わらぬ我が家と、畳に自然な様子で不自然に鎮座する、〝あっち〟のラスボスの姿だった。
「な、なんでお前が!」
思わず腰のあたりをまさぐりながら呪文の詠唱を開始するが、長年連れ添った愛刀は置いてきたし、呪文に反応するようなおちゃらけた精霊はこちらの世界にはいない。
「まあそう先を急ぐではない。かつて命を賭けて戦ったもの同士お茶でも飲みながら、ゆったりとお話しにでも興じようではないか」
「お前はっ!」
「お前お前などと呼ぶではない。私にはアデラード・アズ・アリービナスという名前があるのだ。アデラと呼んでくれて良いぞ」
「なんの目的があってお前はこんなところにいる、そもそもお前は俺と相打ちになってーー」
そこまで言い掛けたところで気付く。常人にはそれだけで死を覚悟させる程の殺気に。
「アデラと、呼べ」
「お、おう。なんでアデラはこっちにいるんだ」
「まあ話すと長くなる。とりあえずあがれ」
「あがれと言われてもここは俺の家なんだが」
そういうと本日二度目の殺気。
「はいはいわかりましたよと」
そして中に入ると懐かしい匂いが鼻をくすぐる。しかしまあ生憎なことに茶の間にたどり着くまでに鑑賞に浸らさせてくれるような距離は用意されていない。ものの五秒でゴールに着いた俺はおらせと腰を下ろしてアデラを見る。
「なんで私がこちらの世界に、と聞いたな」
彼女の手にいつの間にか置かれたコーヒーカップと皿がかちゃりと音を立てる。
「おう」
いつそんな物を出したと聞くのはこの非常識な銀髪の少女にはいらぬ疑問だろう。こいつはこの紅茶に砂糖を入れるくらいの感覚で一つの国を滅ぼした。
「率直に言おう」
そんな見た目からはその恐ろしさは感じられない少女が次に吐く言葉に思わず体がこわばってしまう。
「実のところようわからんのだそれが」
空白。
そしてがたりと目の前にあったちゃぶ台を巻き込んで俺は倒れた。
これが俺とあいつ、魔王との出会い。見た目は可憐、中身は魔王や美少女、アデラード・アジ・アリビーナスとの人生二度目の出会いだった。




