プロローグ
前回10部まで書いていたセルフメイク・オンラインを練り直して改稿していくつもりです。
ストーリがかなり変わったので、ほぼゼロスタートに近いかもしれません。勝手にすいません。お気に入りにしてくださった方、申し訳ありませんm(--)m
最近、俺の楽しみは三つある。
一つめは、高校一年生である俺が次の剣道大会でレギュラーとして出場できることになった。子供の頃から鍛練してきた成果を顧問の先生に認められ、レギュラー入りを言い渡されてからは毎日のように授業が終わってから鍛練に勤しんでいる。身体を動かすのは単純に気持ちいい。練習でヘトヘトになった後の妙な達成感と、日々のストレス発散のベクトルが上手い具合に打ち消し合ってくれるのだ。
二つ目、今は西暦2030年、自分のことをゲーマーであると自負している俺は、この時代に生まれて本当に良かったと痛感している。
二年前、元々医療用に発展していたリアルシミュレートデバイス――RSDが汎用化された。
医療用としてのRSDは使用意義が非常に高いとされ、障害を持った人間等の教育、生活の質の向上に大きく貢献していた。頭をすっぽりと覆うかたちで装着することで、脳と身体感覚器官から双方向に発せられる電気信号の一切を遮断し、五感――視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に変わる電気信号を脳に直接的に与えることで疑似感覚を発生させることができるのだ。
例えば、先天的に視覚障害を持つ人間にとっては、疑似的とはいえ脳に直接電気信号を与えることで風景を映し出すことができる。
しかし、RSDはコストがかかりすぎるために民間の一個人で所有することができる代物ではなかったのだ。医療機関でもそうそう何台も配備されているわけではなく、家庭で使用するために購入することはできないほどの価格。
そして、俺は幸運にも五体満足な身体を授かっているので医療用としての必要性はなかった。
そのRSDが科学の進歩によりコストダウンの実現がなされたのが2028年、二年前のことだ。
在宅医療・介護、障害者教育といった方向性で進められていたテクノロジーではあったのだが、皮肉にもその汎用化でもっとも沸いたのがゲーム市場だった。
それまでのコントローラーを必要とする操作とは完全に異なる、非現実であるゲーム世界へのフルダイブの可能性が生まれたからだ。
だが今まで医療用として使用されていたということもあり、ソフト面はゲームとは程遠いものであったため、ハードが汎用化されたとはいえ開発は困難を極めているらしい。
しかしゲームメーカーの恐ろしいまでの情熱と執念が、この二年間でかなりの発展をみせてくれている。
発展途上の段階のため、ゲーム世界の中で今のところ不具合なく再現できるのは視覚と聴覚の二種類のみ。些か味気ないというのは否めない。しかも、構築された世界はとてもではないが現実と比べるとキメ細やかさに難がある。ドットの荒が数ミリ単位で分かってしまうのだ。
それでも、従来のゲームとは段違いの迫力があるため、今後も大いに発展してくれることを祈らせてもらっている。今日も家に帰ってから俺は何時間かをRSD対応ゲームに使用するだろう。それを考えると楽しみでしょうがない。
そして三つ目だ。これは今、現在進行中で発生している楽しみである。俺は高校へ通う際に電車通学をしているのだが、七時半ちょうどの電車の一両目、三つめのドアから乗車するようにしている。
特に空いているからという理由などではなく、むしろ混んでいるのだが、必ずそこに乗る。
こういったことはおそらく文明が発達しようがどうなろうが、永遠に変わることはないのかもしれない。俺が立っている位置はドア付近の一画である。そしてその横にある座席の角――つまりは俺のすぐ横に位置するところに――今日も座っていらっしゃる。眩いまでに、朝の太陽よりも俺の寝惚けた眼を覚まさせてくれるお方が。
長い栗色の髪をポニーテールにし、黒目がちな瞳に美しい流線を描いた鼻筋、小さく整った桜色の唇は抜けるような色白の肌に彩りをくわえている。白いブラウスに紺色のブレザー、胸には赤リボンが結ばれており、チェックスカートの下にある美しい脚線が朝日に照らされて神々しい。
制服から高校は判別可能なのだが、それ以外は名前すら知らない。だが、顔を見られるだけで十分だ。
つまりは、一言でいってしまうと俺はこの子が好きなのだ。大好きなのである。見るだけで一日の元気が数倍に跳ね上がるというチートな活力剤である。
だが、声をかけることなどできはしない。今まで見るだけで幸せを享受してきた俺には、そのようなことはできようはずがない。
仮に、痴漢されるなどの被害にあえば、公然と手に持った剣道用の竹刀で重犯罪を犯した者の腕を叩き折るぐらいのことをして切っ掛けを作りたいが、残念ながら彼女は座ってしまっているのでそれは期待できそうにない。
……というか、好きな女の子が痴漢に遭うことを期待する男はその時点でダメかもしれない。
とまあ、このように三つほど俺の人生を豊かにしてくれる事柄があるのだ。
そんなことを思いながら、俺は時折隣に座る彼女を絶対に悟られない程度に鑑賞し、焼き付けた記憶を脳内のビジュアルフォルダーにせっせと落としこんでいく。
そんな作業に没頭していたところ、突然の衝撃に頭が揺さぶられた。
そのちょっと前に、電車の一番前にいる数人が悲鳴に似た声を上げていたのだと、事後で理解する。
その衝撃は身体が宙に浮くような感覚ではなく、慣性の法則に従って時速何十キロという速度で動こうとする物体――つまりは車内にいる人間を強制的に静止、いやシェイクするような衝撃だったといえる。
前方の車両への追突。
耳から脳みそが飛び散るのではないかと思うほどの強制的な停止。人生で最後かもしれない時、そんな時でも、俺は馬鹿みたいな行動を取ってしまっていた。
名前も知らない彼女の方を見やる。激しい揺れでまともに見ることさえ叶わないが、それでも、ほんの一瞬、一瞬だけだが、彼女と目が合ったような気がした。何が起こったのか理解できないような不安な表情――必死に手すりにしがみつく彼女を、俺は何とかして助けたいと思って手を伸ばす。
座っている彼女の方が立っている俺なんかより安全だと思うのだが、これは反射的な行動なのでしょうがない。
しかし、シェイクされる車内では座っていようが関係なく人が宙に浮いた。そんな中で俺が取った行動は間違いではなかったかもしれない。
彼女を自分の方へと引き寄せて頭を抱きかかえる。そこまでしたところで、俺の意識は強制的にシャットダウンされた。
おそらくは、頭を天井、もしくは床、それとも壁かにしこたまぶつけたのだと思う。上下左右が分からなくなるほどの中で、俺がした行動は馬鹿のようにそれだけだったのだ。
名前も知らない彼女の方を見やる。激しい揺れでまともに見ることさえ叶わないが、それでも、ほんの一瞬、一瞬だけだが、彼女と目が合ったような気がした。何が起こったのか理解出来ないような不安な表情――必死に手すりにしがみつく彼女を、俺は何とかして助けたいと思って手を伸ばす。
しかし、そんなのはシェイクされる車内では届くはずもなく、微かに、彼女が何かを言おうとしているように唇を動かしたのを視認した時点で、俺の意識は強制的にシャットダウンされた。
おそらくは、頭を天井、もしくは床、それとも壁かにしこたまぶつけたのだと思う。上下左右が分からなくなるほどの中で、俺がした行動は、馬鹿のようにそれだけだったのだ。
読んでいただき、ありがとうございました。