第三章 玉手箱
浦島太郎の今日一日の訳のわからない遍歴は、ここにきてクライマックスを迎えた。
いきなり喋る亀に拉致されて南太平洋の海底に広がる巨石建造物に連れて行かれ、
そこで見知らぬ女とセックスしろと、当の本人から告げられる。
「私とセックスしてもらいます」
確かに岩崎キミと名乗った目の前の少女は結構な美少女だと思う。
しかし、いきなり身も蓋もない展開すぎないか?
もっとこう、お互いをよく知ってから……
などと、頭の中で色々な考えがグルグルと渦巻き、
フリーズしかけた浦島太郎の手を、キミはガシっと掴むとグイグイと檀上へ引っ張っていった。
少女は身にまとっていた赤い薄衣を脱ぎ捨てると祭壇に仰向けに転がった。
「女の子に恥かかせる気?それとも私って魅力ないかしら?」
少女の挑発に太郎の理性ははじけ飛び、自分も服を脱ぎ捨て、少女の体に覆い被さっていった。
「やっとその気になってくれたわね。私、初めてなので優しくして下さい」
「俺だって初めてだ!下手でも文句言うなよ!」
結局三度もキミの子宮に精を放ち、
二人とも祭壇にもたれかかってグッタリと気怠い余韻に浸っていた。
キミは初めてだと言っていたが、処女膜はなかった。
なんでも子供の頃に誤って破ってしまったらしい。
ポツリポツリとキミが話を始めた。
「今から85年ほど前、地殻変動によってこのルルイエが一時的に海面近くまで浮上したのよ。
その時に、九頭竜様の思念が強く世界中に発せられて、感受性の高い人たちがそれを受け取ってしまったの。
反応は人それぞれで、悪夢を見る程度の人もいれば、発狂したりする人もいた。
そういった人達の中で、ある一人の女の子は九頭竜様の意思をほぼ全部受け止めきったの。
それが私。当時の事はあまり覚えてないけど、私も発狂して色んな人に迷惑をかけたみたい。
でも、蛇権様が私をルルイエに連れてきて、奥方様と色々な処置を私にしてくれたの」
「だごん様?」
「うん、蛇権様。九頭竜様の眷属の中で、もっとも強いお方。
蛇権様単体でも神として崇める人たちもいるんですって。
もともとは深き者の一人だったんだけど、今では髭みたいに大小の触手が顎から生えて、
九頭竜様に近いお姿になられているわ」
「その九頭竜様ってのは?」
「この星の真の支配者よ。ほ乳類が生まれるよりも遙か昔に地球に来られて、
多くの眷属達とこのルルイエを造り、世界を支配したの。
でも、強大な敵との戦いに力を使いすぎて、長い眠りにおつきになってるの。
その九頭竜様が眠りながらも想っている事を眷属や信者達に伝えるのが、
巫女たる私の役目。だから私は神託の巫女として大事にされてるの」
「その巫女様が、なんで俺なんかと?」
「九頭竜様から、婿をとって子を作れって託宣があったのよ。理由はわからないわ。
でも、わりと私好みの優しい人でよかった」
ボっと頬が照るのを感じた太郎はわざとぶっきらぼうに、
「これがホントの神前結婚てやつだな」
などとおどけてみせた。
それからも二人は日に何度もまぐわい、
淫蕩に耽る日々を送った。
5ヶ月程後、キミは懐妊した。
そして、甘い日々は終わった。
乙姫に子を成すという役目を終えた浦島太郎は地上へ送り返される事になった。
別れの場に乙姫は現れず、ただ亀のオーベットが包みを一つ携えていた。
「こいつぁ乙姫様からの預かりものだ。地上に着いたら開けてみな」
太郎は嗚咽を噛み殺してうなずき、竜宮城を後にしたのだった。
地上へ到着すると、風景は一変していた。
血のようにドス黒い海には紫色のタール状のものが浮かび、妙に黄ばんだ砂浜に打ち寄せていた。
吹く風は生臭くて鼻が曲がりそうだ。
「ここは、どこだ?」
「ああ、お前がルルイエにいた間に地上では五十万年ほど経過した。
地殻変動によってお前が知る陸地は全部無くなり、
ここはお前の知らない大陸だ。ここの住人はゾティークと呼んでいた。
もっとも今じゃそいつらも死に絶えて無人の荒野だがな。じゃあな、達者でな。」
亀のオーベットは逃げるように海へと去っていき、
黄ばんだ砂浜に太郎は一人で取り残された。
絶望に沈んだ視線が手元の箱に落ちる。
たとえこの箱を開けると煙が上がって自分が老化して死んだとして、
別にどうでもよい気がしていた。
友人知人達もはるか昔に死に絶え、絶望的な光景の広がる荒野に一人残されることに比べれば、
死の誘惑のなんと甘美なことか。
無造作に箱を開ける。
しかし、白煙が立ち上ることはなかった。
箱の中には、14センチ程の歪な多面体にカットされた宝石が入っており、
箱の内部から延びた七本の支柱によって支えられていた。
黒い宝石の表面には血管のように赤い筋が走りっている。
何という石なのか、見たことも聞いたこともなかった。
不思議と目が引きつけられ、太郎は宝石を凝視していた。
その時、人の気配を感じて太郎は顔を上げた。
いつの間にそこに立っていたのか、神父のような服を着た肌の黒い男が立っていた。
男が口を開く。
「ハッハッハ!そうショゲるな!光栄に思うがいい!君は新たなる神の父親となったのだから!」
「何の事です?」
「Cの巫女を孕ませたのは君なのだろう?」
「Cの巫女?キミ…乙姫のことか?」
「呼び方などなんでもいい!
朽ちかけた己の肉体の修復がこの星の終焉に間に合わないと悟ったクトゥルーは、
巫女の腹の肉体に転移し、新たなる肉体を得るだろう!
新生したクトゥルーは死に逝くこの星に残された生命を貪り尽くし、
新たな住処を求めて宇宙へと旅立つだろう!
どんな気分だ?新たなる神の誕生に携わった気分は!?」
「なん…だと…」
「そうか、感激のあまり言葉もないか!まあ、見ているが良い!
じきにこの星の歴史が終わる!あと半刻もかかるまい!
君は人類最後の生き残りとして、この宇宙的カタストロフィを目撃するんだ!」
「お前は一体何者だ?何故、そんな事を知っている!?」
「二度と千の異形たる我に出会わぬ事を宇宙に祈るがよい。
我こそは這い寄る混沌、ナイアルラトホテップなれば!」
黒い肌の男はそう叫ぶと、黒い霧となって霧散していった。
再び一人残された太郎が南の空に目を転じると強烈な光が…
FIN




